自らの心根が据わってしまえば、それからの日々は永遠に続く蜜月のようだった。 恭しく仕える態度は崩さない。 けれど、人として主を慕う慈しみは自然に所作に滲みでる。 主を見つめるまなざしや、抱え上げた拍子に乱れてしまった髪に触れて整える、濃やかな指の動きに。 相変わらず眠るように目を閉じる主の貌が以前よりも幾分和らいだように映るのは、 そうあってほしいと願う自分の欲目の所為だろうか。 他者を寄せつけない圧倒的なオーラが影を潜め、輪郭がやわらかくなった主の表情は、あどけなく眠る年相応の少年のようで。 いつしか直江の心には主に対する保護者めいた庇護欲もまた芽生えはじめていた。 本分は怠らない。 美しく薫り高い花を、主のために。 そして、花以上のものを主のために。 例えばその容姿に相応しい艶やかな衣はどうだろう。 華やかな絹の文様は、直江が育てる花のように、けれど萎れることなく主を彩るに違いない。 そう思いついたら、もう矢も盾もたまらなくなった。 眠る主同様、閉ざされていた直江の世界が少しずつ開いていく。 ただ、主を想うゆえ。 それでも、その想いがまた、主を包みまどろむ屋敷の平穏に綻びをもたらす一因になった。 数人の賊が屋敷に押入ったのは、新月の晩だった。 暗闇の中、不穏な気配を感じたときにはすでに遅く、頭部に衝撃が走ってそのまま意識を失った。 再び気がついたのは、胸倉を掴まれがくがく揺さぶられながらなにやら喚かれていたから。 ずきずきと頭が痛み、絶え間ない耳鳴りがした。 それだけでなく身体中が軋んでうまく動かない。 きつく縛められて自由を封じられているのだと、しばらくしてようやく気づく有様だった。 朦朧としている直江に、相手は苛立ってきたらしい。 顔前に龕燈を突きつけて、更なる恫喝を浴びせてきた。 突然の光に目が眩み、おもわずぎゅっと目を瞑る。おかげで頭の中の霞が少し晴れた。 賊は金品の在り処を訊いている。広大な屋敷の中を闇雲に荒らすよりは自分に案内させる魂胆らしい。 乾上っていた唇を何度か湿しひび割れた声で手文庫の在る場所を素直に告げる。 と、今度は、手荒く引き立てられた。 さっさと歩けとばかりに背後から小突かれる。 よろめきながら廊下を進んで、納戸の前で歩みを止める。 目配せしあった賊はすぐに扉をこじ開けて内部を物色しはじめた。 ほどなく、チャリンと銭箱の音。押し殺した喜色の歓声。 直江に張り付いていた見張りも、中に入りたそうにそわそわと浮き足立つ。 一方の直江は縛られたままほっと安堵の息をついた。 金を持ってこのまま立ち去ってくれればいいと密かに願っていたのだが、 直江の心中をあざ笑うかのように、それぞれの分け前を懐にした賊は、 直江を引き立てながらさらに屋敷の奥へ奥へと進んでいく。 嫌な汗が流れた。 幾分饒舌になった軽口の応酬から、彼らのもうひとつの目的を察したのだ。 それは直江自らが播いてしまった種。 直江の求めた高価な絹の話がいったい何処から洩れたものか、彼らは、この屋敷には若く美しい女性がひっそり隠れ住んでいるものと思い込んでいるらしい。 行きがけの駄賃に陵辱しようとしているのが、火を見るより明らかだった。 とうとう主の寝所である奥座敷の襖を破られた時、初めて直江は制止の咆哮をあげた。 すぐさま頬を張られて身体が吹っ飛ぶ。受身も取れずに叩きつけられる衝撃と口に広がる鉄錆の味。 が、そんなことには構っていられなかった。 「その人に、触れるなっっ!!」 絶叫が喉を衝く。 行灯に火を移し、ぼうっと明るくなった室内に、ひときわ目を引く艶やかな色彩。 ふわりと胸元に掛けられた小袖の華やかさが灯火に映えて、いっそう主の整った顔立ちを引き立てる。 こんな時でなければ、思わず息を呑む気品に溢れた美しさだった。 が、男たちは頓着しない。 横たわる人影を見定めると、まず最初に首領格の男が舌なめずりしながら近づいていく。 飛び掛って止めようとして再び張り倒されたのを、乱暴に引き起こされた。 背後から直江の頸をきめた男が下卑た笑い声をあげる。 「いいから、黙ってみてな。あんたの大事なご主人がヒイヒイ言って俺たちにまわされるさまをな」 主のみならずそれを阻止できない直江の煩悶をも慰みものにしようという、歪んだ欲望が透ける台詞を。 「なあに、心配するこたぁねえ。お姫さんを犯り殺したら、すぐに後を追わせてやるからよ」 これみよがしの猫撫で声で。 |