微 睡
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ちょっと見せたいものがあるんですがと、神妙な顔で直江が言い出したのはその日のお昼のこと。
以心伝心、ようやくその気になったかと、二つ返事で蔵へ向かった。

蔵の中は相変わらず薄暗い。が、直江は何処からか梯子を持ち出し慣れた様子で天井の桟に引っ掛けた。
え?
つられて見上げる天井は、一面に薄板の張ってあるごく普通の天井にしか見えないけど。
「ひょっとして、屋根裏があるのか?」
「ご名答」
高耶の問いに直江はにっこり微笑んだ。
「ちょっと見には解りませんが、ちょうどあそこが跳ね上げ戸になっているんです。で、どうします?私が先に行きますか?それとも梯子を押さえていたほうがいい?」
「オレが行く!」
そんな弾んだ答えも予期していたのだろう、直江は笑みを深くして高耶に場所を譲る。念のためにと、ハンディライトを手渡して。
それを首にぶら下げて、高耶は嬉々として梯子を上り始めた。 目前に迫る天井はよくよく見ると確かに切れ目があるようで、肩に担ぐ要領で押し上げると簡単に持ち上がった。
切り取られた四角い闇に首を突っ込む。 瞬間真っ暗になった目がやがて暗さに慣れてきて、その頃には高耶は梯子から屋根裏の床へと足を移していた。
高さはないが、広い空間だった。
階下と違ってここはほとんど物がない。明り取りの窓なのか壁際に一筋、光の滲む場所が目に付いて、そろそろと移動する。
床面は意外にがっしりしていて、高耶が歩いても軋んだりはしなかった。
やべ。ほんとは土足じゃマズイとこかも。
今はもちろんうっすら埃が積もっているけど、屋根裏というよりは中二階。物置というよりは隠れ処といった趣の場所だ。
実際、誰かが此処で過ごしていたのかもしれない。 壁沿いに長持や文机、几帳といった調度品が寄せてあった。

「秘密の隠れ処って感じでしょう?」
続いて上がってきた直江が壁の窓に寄って、おもむろに大人の膝丈という半端な高さにある窓の蔀を引き上げる。 同時にまばゆい光が溢れて、暗がりに慣れた目を眩ませた。
「こちらへ……」
目を瞬かせながら直江の傍らに屈みこむ。そして視線を外に転じて息を呑んだ。
「桜だ……」
光を弾いて輝く桜花。 手を伸ばせば触れられそうなほどの近くに張り出した桜の枝が在った。
下から見上げるのでもなく、庭から眺めるのでもなく、それはまるで羽を持った鳥の目線。
午後の陽射しを受けて煌いている爛熟の花のひとつひとつ、 その花の間をしきりに出入りする小さな蜂の花粉に黄色く染まった脚の先まではっきり解る。
光に温められて立ち上る微かな芳香までが、目に視えるようだった。
それともその陽炎の揺らめきは、散りゆく花ひとつひとつの生命が天に昇るその軌跡なのだろうか。

このうえなく華やかな、それでいてひどく儚い、 それはまるで一時の夢のような―――




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急転直下(笑)






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