目的地までの短いドライブが思いのほか楽しかった。 あまり饒舌ではない高耶から、直江は、如才ない問いかけと相槌で会話を引き出していく。 学校のこと。千秋のこと。今回の話を引き受けた経緯。うっかり口を滑らせてその詳細なやり取りまで喋ってしまうと、 堪えきれぬように声を上げて直江が笑った。 「いや、失敬。お互い同じことを考えたんだなと思って。私も正直あいつと十日も顔つき合わせるのは気が重かったんです。 あなたみたいな人が来てくれて本当によかった。これだけは修平に感謝しなければいけませんね」 目元に笑みを残してさらりと口にする口説き文句のような台詞に、高耶の方がうろたえる。 返事に困って視線を彷徨わせているうちに、田んぼの向こうになにやら建物らしきものが見えてきた。 ショッピングモールに着いたのだ。 半ばほっとしながら、よしっ、此処からだ、期待に添えるよう頑張らねばと、高耶は心の中で握りこぶしをぐっと固めた。 まずは当座の食料品。でも普段なら買い置きのある調味料や日常細かな生活雑貨は? 自分の目で直接確かめないでのこのこ買出しについてきたことをちょっぴり後悔しながら、高耶は直江に訊いてみる。 が、返る答えはある意味豪快なものだった。 米と味噌と酒があるのは知っている。けれど、それ以外は解らない、と。 だからあなたが必要と思えるものを好きなように買ってくださいとあっさり丸投げされ、カートを押してのほほんとついてくる男を従えて、 悩みながらながらあれこれカゴに放り込むこと小一時間。 だだっ広い上に勝手の解らない売り場に苦戦して、一通りのものを揃えるのにずいぶん時間を食ってしまった。 一息入れてから帰ろうと直江は主張したが、売り場から丸見えのイートスペースで寛ぐ勇気がなかったのとこれから待ち構える自分の仕事に気が急くのとで、 その誘いは丁重に辞退し、代わりに、美味しそうな茶菓子を数個、買ってもらうことで妥協した。 遠くから桜を目にするのはこれでまだ二度目。 けれど、帰ってきたのだと、どこかほっとするのは、自分一人ではなく隣に此処の住人がいるからだろうか。 傾きかけた日に淡く霞む田園風景のせいだろうか。 「なんだか『我が家』って気がしますね…」 しみじみとした口調で直江も言うから、きっと自分だけの感傷ではないのだろう。 徐行しながらその桜の下を抜け、門を抜け、広い庭の片隅にセダンは停まる。 目の前にあるのは昔ながらのどっしりした平屋の造り。それでも玄関の引き戸や縁側はピカピカ光るガラスのサッシがはめ込まれていて、 暮らしやすいように改築もされているらしい。 「さ、どうぞ」 高耶を促し、抱えられるだけの荷物を持って車を降りると直江は無造作に引き戸を開けた。上がり框にすとんと置いて、 また車に引き返すから、慌てて高耶もそれに手を貸す。 「それでは、改めてよろしくお願いいたします」 「こ、こちらこそ」 そう向き合ったのは、荷物で一杯になった玄関先。 急に畏まった雰囲気にどちらからともなく笑いが洩れて。 「まずはこれの始末が先ですね」 「うん。ついでに台所とか、みていいですか?今晩のご飯だけは確保しなくちゃ」 あえて弁当の類は買ってこなかった。これは意地というものだ。報酬をもらう上にこんなにあれこれ散財させたからには、なんとしてでも温かいものを食べさせねばならない。 そんな気合を認めたか、直江はにこにこ笑って高耶の好きにさせてくれた。 |