家に入ったのは、まだ『お茶の時間』だった。 それが今はまさしく『夕飯時』。 汁椀に口をつけながらなんだかなあと高耶は思う。 食卓に並ぶのは白いご飯に豆腐の味噌汁。そして千切りキャベツをたっぷり添えた豚肉のしょうが焼きといった簡単なもの。 が、いつもなら三十分も掛からず整う献立に今日は二時間近くも費やしてしまった。 米はあった。鍋や炊飯器も見つかった。 けれどもっと細々したもの、たとえば味付けの砂糖ひとつとっても他人の台所ではあちこち探し回らなければならず、一事が万事その調子でとんでもなく作業効率が悪かったのだ。 味付けもいつもと微妙に違ってしまったが、炊き立ての熱いご飯が難を隠してくれたか、直江は美味しいと喜んでくれてそれが救いといえば救いだった。 これはまず自分の足元を固めるのが先決だ。明日一日は蔵の手伝いよりも家の整理と把握とを優先したい。 ひとまずの夕食が済んでようやく食べ損ねていた菓子とお茶とを出しながら、恐る恐る申し出る。 すると、直江はすまなそうに頭を下げた。 「難儀を掛けてしまって申し訳ない。私がもう少し手伝えればいいのですが。なにしろこの家に来たのは初めてなもので…」 意外だった。 思わずまじまじと見つめてしまうのに、逆に直江が不思議そうな顔をする。 「え、いや、相続するぐらいだから、直江さん、ここの人にずいぶん可愛がられてたんだろうなって、オレ勝手にそう思ってて、だから当然このうちにも馴染みがあるんもんだとばかり……」 そんな思い込みがあったものだから、頼もしい外見とうらはら、彼のあまりのもの知らずぶりにいささか呆れた部分もあったのだが、さすがにそこまでは言えない。 しどろもどろに言葉を濁していると、心中察したように直江が笑った。 「ああ、修平は先代のことは話していないんですね?まあ相続といっても莫大な遺産が絡むわけでも込み入った内情があるわけでもないんですが…… 以前に此処に住んでいたのは母方の大叔父なんですが、まあ一族の中でも変わり者で通っていてね。 私も小さいころに一度母に連れられて挨拶に来たことはあるそうですが、そのときの記憶はほとんどないくらいで。 正直、私を相続人に指定していたなんて寝耳に水の話だったんです。 もっとも継いだとしても私がこの土地に住むわけにはいかないし、 親族たちとも相談してそろそろ手放す潮時だと結論が出ました。 まあ、そのためにも一度蔵を整理してみようかと。もっとも私一人ではとても覚束ないので、こうして高耶さんにもお手伝いを願ったわけです」 「はあ」 解ったような解らないような、ずいぶんと乱暴な括りをされた気がする。やっぱり金持ちっていうのは浮世離れするものなのだろうか? それでも年下の自分にこうして誠実に説明してくれるこの男は、悪い人間ではなさそうだ。 そう思いきわめると、洗い物を片付けるべく高耶はてきぱきと動き始める。 つられるように直江も腰を上げて、手の回らなかった風呂の用意をしてくれたのは助かった。 勧められるままありがたく沸いたばかりの一番風呂を頂戴して、通された座敷に引き取ったのが宵の口。 ひとりになると、一日の疲れがどっとでてきた。 早々に寝もうと、押入れから引っ張り出した客用布団は少し埃っぽい匂いがした。 直江が実家から持たされたという真新しいシーツをその上に敷きながら、 明日、もしも晴れていたらまずは布団を干そうと心に決める。 そして布団に潜り込んだ後は夢もみずに眠った。 |