翌日もまたハプニングの連続だった。 結構早めの時間にアラームを掛けたのに、まだ寝ているだろうと思った直江がすでに起きだしていたのがまずひとつ。 「おはようございます」 「お、おはようございます」 洗面所で出会いがしらに出くわして泡を食う高耶をよそに、直江はしごく平静だ。 「直江さん、ずいぶん早起きなんですね」 言わずもがなのひと言に、 「長年の習慣って侮れないものですね。実家が寺だったので朝は早かったんです。久しぶりに畳の部屋に寝たら身体が思い出したみたいで……」 そう爽やかに言われては返す言葉もない。 庭でも掃いてきますねとさらりと言うのを見送って、洗顔もそこそこに高耶も台所へと飛び込んだ。 とにかく朝メシの支度が第一だ。 パンも買ってあるけれどトースターが見当たらない。これはやっぱり夕べセットしていたご飯と、後は味噌汁にタマゴでも。あ、納豆は大丈夫かな? そんな算段をしながら冷蔵庫を開けて屈みこむ。 頭が完全にそっちに向いていたから、 「高耶さん」 急に声を掛けられて、飛び上がるほど驚いた。 「な、なにっ?!」 振り返れば、スーパーのポリ袋を捧げもった直江が困惑顔に立ち尽くしている。 「こんなものが、玄関脇に。たぶん昨日挨拶をしてきたお隣の鈴木さんからだと思うのですが……」 袋の中には摘んだばかりと思われる二十センチほどの丈の青菜がこんもりと入っていた。蕾が見え隠れしているからには菜花の類なのだろうが。 「………これって、チンゲンサイの葉っぱ?」 「みたいですね」 こんなに董が立つまで放っておいたのか?という素朴な疑問は置くとしても、まずスーパーでは見かけないシロモノに、ふたり顔を見合わせる。 「でも、せっかくこうして戴いたものですし……」 「……うん」 歯切れの悪い直江に、高耶もまた頷く。 食べたことがないからという理由だけでわざわざ届けてくれた好意を無にするのは気が引けるし、第一食べ物を粗末に扱っては罰があたる。 「昨日ベーコン買っといたから、一緒に炒めてみる。でも、もしまずかったら、ゴメンな」 予め拝む真似をする高耶に、 「ありがとうございます」 直江も晴れやかな笑顔をみせた。 そうしておっかなびっくり拵えた青菜炒めは、心配していたような固い芯やえぐみはなく、予想以上に美味しかった。 自然と会話も弾んだものになる。 「食感が少しアスパラに似てますね」 「ほろ苦いけどこれなら許容範囲かな。それにすっげー甘いし」 「塩加減もいい感じです」 「それにベーコンからも味がでてるし、黄身に絡めるのがもうサイコー」 添えた目玉焼きも一緒にぱくぱくと食べ終えて、ご馳走さまと手を合わせる高耶の顔にはまだ嬉しげな笑みが浮かんでいる。 「これ、まだ二回分ぐらい残ってるんだ。次はさっと茹でておひたしなんかどうかな?ごま油を少し垂らして」 「それは楽しみですね」 わくわくしながら思いつくまま調理法を口にしてみると、色よい合いの手も返ってきて。つい、調子に乗ってしまった。 「それにしても考えたらすっごい贅沢。摘みたてをすぐに料理して食べられるんだもんな。こういう田舎暮らしも悪くないかも……」 そう言いかけてはっと我に返った。 いけないいけない。つい食い気につられて当初の目的を忘れるところだった。 思いがけず新鮮で美味しい野菜を差し入れてもらったのは確かにラッキーだったけれど、そもそも此処を引き払う手伝いのために自分は雇われたんだった。その雇い主と馴れ馴れしくタメ口なんかきいてる場合じゃない。 「えーと。お天気いいから、布団干したいと思います。あと、少し台所の片づけして。お昼はおにぎりかなんか用意してていいですか?」 急に口調と態度を改めて事務的に予定を話しはじめた高耶を少しだけ無言で見つめ返して、直江は軽く頭を下げた。 「はい。よろしくお願いします。じゃあ私は蔵の方を覗いてみますね。それと、台所の隣の陰座敷、納戸代わりになっているようです。 なにか入用なものがあったら遠慮なく箱から出して使ってください」 今はこれが精一杯。 彼にすれば自分はまだ出会ってから一日も経っていない赤の他人なのだから。 お互いの役割に徹していたほうが彼も安心だろう。 束の間近づいたと思えた距離がまた遠のいてしまったのを残念に思いながら、後片付けを高耶に任せ、静かに部屋を後にした。 |