布団を干して、はたきと箒でざっと部屋の埃を掃きだして、テレビ周りをささっと拭いて。
一応掃除らしきことを済ませてから、高耶は気合を入れて台所の探索に掛かった。 流し台の下、引き出し、吊戸棚。 落ち着いて探してみれば、昨日は見つけ損ねた調味料の壜や乾物類や調理小物が収納場所のあちこちからぞろぞろ出てくる。 ホコリよけに何重にも袋をかけたトースター(だから今朝は気づかなかったのだ)も無事テーブルの下に発見して、よかったこれでパンが焼けると高耶をほっとさせた。 こんなに厳重に包んであるということは、直江の大叔父という人はこの家電をほとんど使わなかったのだろうか。 床に座り込み、梱包を解きながら考える。 お年寄りだったろうし。一人暮らしみたいだったし。トーストやグラタンなんて食べなかったのかな。 そういえば戸棚の食器類も使い込まれていたのはほとんど和食用のもの、そして見事にばらばらで夕べは並べた皿の大きさが微妙に違っていたりしたのだった。 ……寂しくはなかったんだろうか。 改めて眺めてみると黒光りする板の間も、続く座敷も、なにやら侘びしくみえてきた。 そりゃ今の自分だって一人暮らしには違いないけど、 上京して住んでいる学生アパートと田舎の一軒家ではまるきり次元の違う話だ。 そして長年住んだその人も、もういない。 この広々とした間取りが侘びしく切なく思えるのはそんな思い込みがある所為だろうか。 感傷に浸りながら新品同様のトースターをひとまず炊飯器の隣に置き、塩や砂糖のケースを並べ直す。 そうして幾らか使い勝手のよくなったところで、お湯を沸かし、お昼用のおにぎりを準備する。 トースターのついでに見つけた香典返しらしい焼海苔を、この際、ありがたく使わせてもらった。 昨日の買い物では海苔までは気が回らなかったから助かった。 贈答品らしい箱詰めは、この海苔のほかにも結構な数がテーブルの下に重ね置かれている。 この中に油のセットとかあると揚げ物が作れるな。乾麺だとお昼が楽だし。つくだ煮やフリカケだって大歓迎だ。 しんみりした気分はいつのまにやら吹っ飛んで、宝の山を前にしたみたいにわくわくしてきた。 時計を見るとかれこれ三時間が経っている。 お昼にするにはまだ早いけど、休憩するにはいい頃合だ。 その蔵というのも気になるし、様子を見がてらお茶の誘いを掛けてみようと、サンダルをつっかけて外に回った。 前日、遠目にちらりと見かけた蔵は黒い瓦と白い壁のコントラストが美しくてなかなか風情があったけど、 分厚い壁や開放部の少ない造りのせいか、間近に見ると人を寄せ付けぬ雰囲気を備えていた。 おまけに観音開きの扉には古めかしい南京錠がこれ見よがしにぶら下がっている。 幽閉とか座敷牢とか時代錯誤な言葉をつい連想してしまうような厳しさだ。 おそるおそる覗き込んだ中も物の判別も難しいほど薄暗くて、直江が何処にいるんだか見当もつかない。 「……直江、さん?」 こわごわ声を掛けてみると、意外にすぐに返事があった。 近くの棚の陰から、直江が顔を出したのだ。 その顔を見て、一瞬どきりとした。 「あの、お昼はまだなんだけど、お茶でもどうかなって思って。一息いれませんか?」 「ああ」 きょとんとしていた直江の貌に夢から覚めたように自然な笑みが浮かぶ。 「あの、縁側に用意しますから、どうぞそのままで回ってください」 埃だらけなのを気にするように視線を下げる素振りにすかさず高耶が言い添えて、返事も聞かずに踵を返した。 ばたばた母屋に駆け戻りながら、高耶は思う。 まだ見知ったばかりの相手なのに。 薄暗い棚の陰からひょっこり姿を見せた直江を認めたとたんに、 なぜだか言い様のないほど安堵を覚えたのはどうしてなんだろうと。 |