ポットと茶道具を縁側に持ち出している間に、直江が庭に姿を見せた。 敷地内に見かけた井戸はまだ現役で動くのか、そこで洗ったらしい手をタオルで拭っている。 「閉め切っているはずなのに、埃って積もるもんなんですねえ」 縁側に腰をかけ、たった数時間でかなりくたびれてしまった感のあるスラックスを見るともなく眺めて苦笑じみた笑いを洩らした。 「……片付けるんなら、もう少し汚れてもいいカッコしないと。洗濯機で洗える綿パンとかジャージとかさ。 そういうのならオレでも始末できるんだけど、それはどう見てもクリーニングに出さなきゃだよなあ。もったいない」 呆れたように高耶に言われて、直江は慌てて両手を突き出し待ったを掛けた。 「え、いや、洗濯まであなたにさせる気はありませんからっ!」 必死に言い募る男に向かって、高耶は淡々と湯飲みを差し出す。 「いくら直江さんがそう思っててもさ、実際、シャツとかパンツとか洗濯物は出るじゃん。オレ、下着の替え二組しか持ってこなかったし。 明日にでも洗濯機借りようと思ってたんだけど。…・…ひょっとして直江さんってすっごい潔癖症?他人のパンツと自分のパンツ一緒に洗われるの、ガマンできない性質だったりする?」 すくい上げるように下から見つめられて、息が詰まる思いがした。 「……高耶さんこそ嫌じゃないですか?その、私の下着まで洗うのは…」 躊躇いがちに問いかけると高耶はあっけらかんと首を振った。 「全然。だって仕事は全部洗濯機がしてくれるわけだし。むしろ二人分まとめたほうが水も洗剤も手間も節約できていいかなって思うんだけど」 どう考えても彼が正しい。冷静な指摘に、 どうやら変に意識しているのは自分だけらしいと、直江はあっさり白旗を上げた。 「何から何までおんぶに抱っこですみません。では高耶さんさえよろしければ、洗濯もお願いしてかまいませんか?」 「了解」 潔く頭を下げる直江に、にっこりと高耶は笑った。Vサインを出しかねないほどの天真な笑みだった。 確かに地に足をつけているのに妙に現実離れした数日間だった。 それは普段と違うこの環境のせいかもしれないし、直江という男のせいかもしれない。 三度の食事の用意をし、洗濯をし、散らかったものを片付ける。日常暮らしていく上で当たり前のことしているだけなのに、そのひとつひとつにいちいち直江は感謝の言葉をくれる。 ありがとう。ふかふかですね。美味しいです。 元々端正な顔立ちのこの男が、目尻を細め唇綻ばせてそんなことを言うものだからお尻のあたりがむず痒くてしょうがない。 そのくせ心のこもったその言葉の数々は、まるで花束をもらうみたいに気分を高揚させるのだ。 嬉しくて照れ臭くてこそばゆくて。 最初は気をつけていた言葉遣いもいつのまにかずいぶん砕けたものに変わっていって。 それを男は咎めるどころか逆に嬉しそうな顔をする。 直江、と、年下の自分が呼び捨てることさえも。 「だって高耶さん、修平のことだって普段は呼び捨てなんでしょう?最初の日の『千秋先生』って呼び方、いかにも取ってつけたような感じでしたよ?」 知っているぞといわんばかりの流し目にぐっと言葉に詰まっていると、 「修平とは呼び捨てするほど親密で私だけが他人行儀のさん付けなんて不公平です。あれが『千秋』なら私は『直江』。それでバランスが取れるでしょう?」 妙なライバル心剥き出しの滅茶苦茶な理屈をこねてくる。 ちょっと待てそれとこれとは話が違うだろ?と思ったものの、ね、と駄目押しのように小首傾げて微笑まれてはもう何も言い返せなかった。 |