次に目を覚ましたときには、日が高く昇っていた。 座敷にいても感じられる外の強い陽射し。鳥のさえずり。蝉の声。 今自分が此処にいるのも、直江とああいうことになったのも、明るい中で考えればまるで夢のようだけれど、 でもたった一日前のことなんだな……と、ぼんやり思う。 よく眠ったせいか、ずいぶん身体は楽になった気がする。 が、試しに起き上がろうとして、すぐに布団に突っ伏した。 気分は悪くないのに、ふらついて力が入らない。 なんとか上体だけでも起こそうとじたばたしていると、 「こらこら。半病人はおとなしく寝とけ」 縁側の障子越し、聞きなれない声がした。直江とは少し違う、もっと若い感じの声だった。 「まったく油断のならない坊主だな。人がちょっと眼を離した隙にちょこまかしやがって」 ずいぶんな言われようだ。むっとしてそちらを見ると、はっとするほど鮮やかな色彩。 セルリアンブルーのスキニーパンツに、黄色とミントグリーンのシャツを羽織った細面の青年が、仏頂面で高耶を見下ろしている。 派手な色合いに呆気にとられているうちに、その青年はさっさと座敷にあがりこんだ。 「おまえ、昨日から何も食ってないだろ?ガス欠なんだよ。 ほれ、頑張ってちいっとだけ身体ずらせ。野郎を抱っこする趣味はないんでな」 ずけずけものを言いながら、 手際よく布団の下に座椅子を差し込み、高耶を座らせて、枕や座布団で背もたれの角度を整える。 具合よく収まってほっとしたところに、 「ほれ。まずはこれでも飲んどけ。冷たい甘酒。ミキサーにかけたから喉越しはいいはずだ」 と、大きな湯飲みを渡された。 おそるおそる口に含む。 癖のないあまさが後を引いて、気がつけばきれいに中身を飲み干していた。 「美味しい……」 高耶の言葉に、得たりとばかり、青年が笑った。 「粥にするよりとっつきやすいかと思ってな。夏場に冷えたのもオツなもんだろ。もう一杯いけるか?」 問い返されて、素直に頷く。 程なく渡された二杯めはさっきのよりもとろみが濃くて、添えられた匙ですくって食べた。 しっかりした甘味と、かすかな塩気。仄かな米の風味。なめらかに喉を滑り落ちていくときの、ひんやりとした心地よさ。 今度は、一口ごとにじっくり味わって、それも空にした頃には、なんだか力も湧く気がした。 「ご馳走さまでした。……えーと、あの…?」 「千秋だ。千秋修平」 もの問いたげに見つめる高耶の逡巡に気がついて、青年がすかさず名乗る。無頼を気取る口調や奇天烈な見掛けと裏腹、濃やかな人柄が伝わってきた。 「千秋……さん?」 そう呼びかけると、くすぐったそうに顔をしかめる。 「千秋でいいぜ。第一直江も呼び捨てだろうが」 ひらひら手を振りながらそう言われて、そう言えば直江は?と、遅まきながら気がついた。 そんな高耶の心情も、千秋はすぐに察したらしい。 「直江なら、留守だ。その代わりに俺がおまえのお守りを頼まれてる………って、 おいおい、そんな露骨にがっかりしたカオすんなよな。世話を焼く俺の立場がないだろうが」 大袈裟に顔をしかめて茶化してみせて、すぐに真面目な口調に戻った。 「あいつは、今、おまえを迎え入れるための根回しに奔走している。あいつなりに真剣だ。 けど、用意万端整いましたっ!とか喜び勇んで戻った時に肝心の花嫁さんがそんな顔色じゃ目もあてられん。早く元気になるこった」 さらりととんでもないことを言われた気がした。 (ハナヨメって、花嫁ってっっ!!オレのこと?!) 昨日のあれこれまで思い出してしまって身体がかっと熱くなった。 目を白黒させたまま赤くなる高耶を、千秋はにやにや眺めている。 「おおっ、薔薇色に頬染めるあたりが初々しくって実にいいねえ。やっぱり花嫁さんはこうでなくちゃな」 「ちあきっ!」 たまらずに高耶が叫んだ。 興奮しすぎてくらくらする。肩で息をしながら涙目で睨みあげる高耶をさすがに気の毒に思ったか、千秋は、ぽすんと頭をなでて宥めにかかる。 「ああ、ああ、からかったりして悪かった。ほれ、せっかく摂ったエネルギーを無駄に使うんじゃねえ。少し落ち着け」 (誰の所為だよっ?!) 内心で毒づきながら、それでも千秋の手を借りて再び横になると、すっと身体が楽になった。 「眠れるようなら、少し眠れ。甘酒が飲める……ってことは甘いもんは苦手じゃないよな?次はプリンなんかどうだ?食えそうか?」 口を利くのも業腹だけど、プリンと聞いて高耶の瞳がきらんとひかる。 千秋にはそれで充分だったらしい。 「よし、じゃ、おやつはプリンに決定、な?」 そう、にっこり念押しされて、なんだか腹を立てているのも莫迦らしくなってきた。 こくんとひとつ頷いて、上掛けを口元まで引き上げる。 (プリンにつられたわけじゃないからな……) 自分で自分に言い訳しつつ、これ以上話しかけられないですむようにと、目を瞑った。 狸寝入りのつもりだったのに、すぐに本当の眠気が差してきた。 夢うつつに、ぽんぽんと頭を軽くなでられた気がした。 「ゆっくり、おやすみ」 直江とはまた別の優しい声。気配。 なんだか、次に起きるのが楽しみだ……。 ふと、そんなことを思ったりした。 |