イラズノモリ - 幕間 -
-5-





少しは体力が戻ったのかそれともプリンというお楽しみをぶら下げられていたからか、 今度の眠りは浅くて、ふわふわとした優しさに彩られていた。
時折、耳が拾う風のそよぎ、葉擦れの音。
まなうらにちらちら踊る木漏れ日の影。 懐かしい大気の匂い。
そういったものに包み込まれているせいか、夢うつつの中、次々と 子どもの自分が現れる。

いつも直江が傍にいて、なんの不安も心配ももたずにただ笑っていられたあの頃。
庭や森や、この家で一緒に過ごしたしあわせな時間。 今思えばたった一年足らず、けれど、永遠にも思えた大切な時間。

例えば初秋の或る日、甘い匂いが満ちていた。
香りの出所を探して、子犬みたいにくんくんさせて庭中を歩き回った。
漸く見つけたのは、キレイに刈り込まれた庭木に咲くオレンジ色の小さな花。
昨日までは花の気配なんて微塵もなかった樹だった。
金木犀という名前をそのとき初めて教えてもらった。
色も香りも陽光に輝いて、まるで光の雫が零れるようだと思った。
そして、今も―――

サワサワ……ザワザワ……
風に乗って伝わってくるモリの気配。芳しい大気、風のそよぎ、葉擦れの音。木漏れ日。
大好きだった、馴染んでいた此処の自然に、今は彼らの明確な意思が重なる。

サワサワ……ザワザワ……
静かな歓迎、密やかな歓喜、優しげな慰撫、ねぎらい。
それらは高耶に向けられた、餞の言葉たち。

ああ、そうか。もうオレは―――
夢とうつつの挟間で、高耶は唐突にその意味を理解する。 自分は、もうヒトではないのだと。
閉ざされたままの高耶の眦から、つうっと一筋の涙が伝った。



「目ぇ、覚めたか」
いつからそうしていたのか、千秋が傍にいた。
「……ん……」
胸がつかえて、うまく言葉を紡げなかった。
よく考えればこの千秋だって、おそらく人間とは違う存在。 訊けばいろいろ教えてくれるだろう。 でも、いったい何を訊けばいいのか解らない。 哀しいのか切ないのか、そもそも自分の気持ちにだって収まりがついていないのだから。
暫くの沈黙が落ちた。
千秋もそれにつきあってくれて、やがて、ぼそりと呟いた。
「プリン」
え?
虚を衝かれた高耶に向かって、
「いい感じに冷えてる頃合いだ。それとな、こんなもんを預かった」
そう言って思わせぶりに目の前に差し出した籠に盛られているのは、クリやイチジク、サルナシの実。どれもが懐かしい、 けれど、まだまだその時季ではないはずの果物だった。
吃驚して声もない高耶にしたり顔で千秋が笑う。
「おまえ、本っ当っに、此処の連中に好かれてんのな。これ食って早く元気になれっていう連中からの見舞いの品だ。 なにしろ気持ちがだだ漏れだしな。……で、どうする?クリは晩飯に回すとして、サルナシとイチジク、プリンに添えるか?」
キャパ以上のことを一気に告げられて、訳の解らないまま、ただ人形みたいに頷いた。
「よっしゃ。じゃあ、プリン・ア・ラ・モード・イラズ風ってことで」
そうして、千秋は、なんだかやけ楽しそうに籠を抱えて立ち上がる。
それを呆然として見送る高耶に、そうそうと、思い出したように縁側で振り向いて、一言、付け加えた。
「モリの実りだけじゃないぜ。……庭の金木犀も、一枝、花をつけている。いい香りだ」

折りしも微風が吹きぬける。
その微風に載って、夢の中と同じ香りが高耶に届く。
ふわりと、見えない手に撫でられた、気がした。




戻る/次へ







ああ、ぷりんが遠い・・・(おい)
リアルの季節がクリとかイチジクとか金木犀だったんで つい、こんな展開に(苦笑)
文中はまだ夏だけど、イラズだからこれもアリだよね、と。。。(^^;)





BACK