「いいか。結論から先に言うぞ。おまえはまだ死んじゃいないし、ヒトかヒトでないかの二択で選べば立派に人間のくくりに入っている。
仮にどんな医療機関でどれほど詳しく精密検査を受けたとしても、おまえの身体にはなんの異常も認められんはずだ」 文句があるならいってみろとばかりの強い眼差しで、千秋は、そう、一息に言い切った。 「でもっ」 それでも怯まない高耶を身振りで制して、少し声を落す。 「ただな。そういった人間の扱う科学とは別のところで、確かにおまえの身体には俺たちの『気』が混じっちまってる。それも動かしようのない事実だ。 モリの声が解るというのはその所為だし、他にもちょっとした変化はあるかもしれん。 ……そこんとこは含んでおいてくれ」 含んでおいてくれっていったって……。 形ばかり頭を下げる千秋を、高耶は唖然として見つめる。 とりあえず、自分の考えが的を外れていたことは理解した。 自分は幽霊でもゾンビでもなく、ちゃんとしたヒトとしてまだ生きているらしい。 でも、『気』が混じったっていうのは?やっぱり直江とあんなことになったから? つい赤くなって俯いてしまった高耶に、今度は千秋が呆れたように突っ込んだ。 「絵の具溶かした色水じゃあるまいし、閨でいちゃついた程度でそう簡単に混じるわけないだろうが。普通なら、俺たちが一方的に相手の『気』を戴いてそれで終わりだ。 後腐れのないように多少の加減はするがな。たぶん奴だってそのつもりだったはずだ」 淡々とした言葉に、しんと心が冷えた。 まるで自分が餌以外の何物でもないと言われたようで。 「おまえだって、それは覚悟の上だったんだろ?違うか?」 いきなり頬を張られた気がした。 見透かすような一瞥に、今までひょうきんな言動を纏っていた千秋の『素の顔』が垣間見える。 やっぱり彼らは自分とは違う存在なのだと。 そして、確かにそれを承知で自分は直江の許へ来たのだ。 今さらうろたえることじゃない。 唇を噛みしめて、自分に言い聞かせる。 そう、なにもかも差し出すつもりでやってきたのだ。なのにまだヒトとしていられるのなら儲けもんだと腹を括り直して、顔をあげた。 相変わらず高耶を見据えている彼の眼差しが、ふっと和んだ気がした。 「ひとさまの濡れ場を覗く趣味はないんでな。だから実際はどうだったのか俺もこの目で見ていたわけじゃない。けど、およその見当はつく。 おそらく直江はおまえ相手に加減を忘れた。 結果としておまえは一度死にかけた。 おまえを蘇生させようと、奴は『気』を還流させて、本来ヒトのものとは違うあいつの『気』までおまえに流れ込むことになった――― まあ、そんなところだろうな」 「直江の……。直江が―――?」 思わず泳がせた視線の先に映った自分の手。ずっと見慣れていて、今だって取り立てて変わったようにも見えないけれど、 千秋の言うとおりなら、ここにも直江の一部は混じっているのだろうか。 まじまじと自分の掌を見つめ、そっと持ち上げ、やがて高耶は、自らを抱きしめるようにその腕を身体に回した。 己の中になにか直江の気配でも感じ取れるかと、目を瞑って感覚を研ぎ澄ます。 が、いくらそうして探ってみても、何も解らなかった。 今までと何も変わらない。少しだるさは残っているけど、それ以上でも以下でもない普通の身体の感覚だ。 これで本当に自分は死にかけたり生き返ったり、ましてや直江の気をこの身に留めたりしているんだろうか。 千秋の言葉を疑うわけではない。けれど俄かには信じられない―――自らを抱きしめたまま集中を解いた高耶の表情はそんな心もとなさに満ちていて。 なるほど、こいつは超弩級の天然系誑しだな、と、千秋は心のうちで呟く。 「おまえらには手前勝手な言い分に聞こえるだろうが、俺たちにとっちゃ、気に入った相手がいたら眷族にしちまう方がずっと手っ取り早いんだよ。 仮にコトの最中に相手が死んだとして、俺ならそうする。ヒトでなくなった方がなにかと都合もいいから、わざわざ蘇生させたりはしない。 それなのに、奴は違った。 僕でも人形でもなく、生身でヒトで意思あるおまえの存在そのものに拘った。 ……損ないたくなかったんだろうな」 高耶という魂が、誰の傀儡でもなく彼自身の誇り高き主人であることに。 口惜しいがまったく自分も同意見だ。 「……千秋?」 こんな風に、自分たちに臆することなく視線を真っ直ぐ向けてくる心映えの持ち主を、従順なだけの木偶人形になどとても出来ない。 「今すぐ全部信じて呑みこめとは言わん。でも、現実におまえが生きて呼吸をしている―――今はそれで充分だということにしとかないか。奴にも、おまえも」 そう言った千秋の口調は、さっきまでの厳しさが嘘のように優しさにあふれていて。 「うん。そうだね……」 高耶も素直に頷いた。 |