イラズノモリ -3-





今にして思えば、ずいぶんと向こう見ずな真似をしたものだとよく解る。
けれど、そのときの高耶には、炎天の下てくてく道路を歩くより、木漏れ日のさす林の中を進むほうが遥かに魅力的かつ正当に思えたのだ。
下ばえはさほど込み合っていなかったし、分け入った目の前にはまるで小道でもあるように人一人分の幅で落ち葉の積もった地面が見えていて。 そこを辿るのにまったく不安やためらいはなかった。
けれど、それも振り向けば明るい林の境界が解るところまで。
いつのまにか小道がなくなり、 あたりが完全に丈の高い木立に囲まれてしまうと、たちまち高耶は方向感覚を失ってしまった。

落ち着け、落ち着け。まっすぐに進めばいいんだ。
そう自分に言い聞かせて、木々の間をがむしゃらに進む。
けれど、幾ら歩いても、想像していたような山の反対側には行き着けなかった。
斜面を上がっているのか下っているのかさえあやふやになる柔らかく湿った地面。同じところをぐるぐる歩いているように代わり映えのしない広葉樹の木立、下草。 所々に咲き群れる山百合の花。その濃密できつい香りさえ高耶を追い立てる。
葉擦れの音や、姿の見えない鳥の甲高い囀りまでもが、悪意あるもののように禍々しく耳に響いた。
まるで高耶という異分子の存在に山中が耳をそばだて監視して、排除したがっているようだった。
急がなきゃ。早く山を抜けて道路に出なきゃ。
踏み出す足は次第に早くなる。終いにはほとんど駆け足になって息が続かなくなるまで走っても状況は変わらなかった。

どうしよう。迷っちゃったんだ。
肩で荒く息を継ぎ噴き出す汗を拭いながら、とうとう高耶は真正面から迷った事実を認めねばならなかった。
どうしよう。このまま何日も此処から出られなかったら。
悪い想像だけがむくむくと膨れ上がる。泣きそうになるのを堪えて、ぐっと高耶は頭を上げた。
駄目だ駄目だ。このままへたりこんでいたってラチは開かない。
とにかく前に進まなきゃ。この山にだって何処かに終わりはあるはずなんだから。
そうして、高耶はますます体力を消耗することになった。

家を飛び出したのはまだ午前だった。真上の梢からこぼれていた陽の光が 今ではすっかり角度を変えて、黄金色の光の帯を幾筋も斜めに投げかけている。きっと日暮れが近いのだ。
薄暗かった林の中がこんなときだけ眩く輝いて見えて、綺麗なはずのその光景が、焦燥だけを募らせる。
追い詰められた獣のように、また、高耶は走った。
思いのほか遠くまで照らしてくれた光の筋が、きらりと何かに反射したように見えたのだ。
道路脇のカーブミラーか、建物のガラスだろうか?そっちに行けば 今度こそ、外に出られるかもしれない。
へとへとなのも、引っかき傷だらけの足の痛みも気にならなかった。 夢中で膝丈の下ばえをこぎ、次々顔の前に現れる小枝を手で払いのけて――――、 そして突然、目の前が拓けた。同時に地面がなくなって、あっと思ったときには、高耶は尻餅を着いた姿勢で崖を滑り落ちていた。

落ちたショックでしばらく放心していたのかもしれない。
「おやおや……、これはまた小さな客人だ」
気がつくとそこはどこかの裏庭ですぐ目の前に男の人が立っていた。
「大丈夫?立てる?」
そう言って大きな身体を屈め、手を差し伸ばしてくれる。その手を見つめ、それからその男の人の顔を莫迦みたいに見上げ―――― そうこうしているうちに今までの不安と安堵がいっぺんに押し寄せてきて、 高耶は顔をくしゃりと歪め、その身体に飛びつくと堰を切る勢いで泣きじゃくった。



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子ども高耶さんの思考をトレースするのって、けっこう楽しい♪(…オニ?)







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