イラズノモリ -7-





子どもを取り込むのは造作もなかった。
よけいな軋轢を生まないよう、外界の人間には目眩ましを掛けてある。 その容姿で失せ物を届け遊びにくるよう水を向けると、子どもの後見はあっさりと話に乗り、肝心の子どもはまるで夢見ているような表情をした。
他愛もない、と思わず笑みが洩れた。
時の流れの忙しい外界では、人間もずいぶん小賢しく以前のようではなくなったと聞いていたが、とんでもない。 赤子の手を捻るより容易い。
この調子で手繰り寄せこちら側に目を向けさせて、手折るのはそれからだ。
優しく接してあまやかして。子どもの心から望郷の念を消して、すべてはそれから。
書き割りの住居で数日を付き合い、『汀』へと招き入れた。
外界とこちら側の緩衝を担っているこの森は、見る側によって様々に貌を変える。人間に「イラズノモリ」と畏れられるこの森は、 実は、恵み豊かな揺籃の森でもあるのだ。
その一面をさりげなく子どもに見せた。
子どもはすぐに食いつき―――、そして爛漫な笑みを浮かべた。

その笑顔に陶然とした。
笑顔とともに伝わってくる裏表のないまっすぐな彼の感情。そんな心根の持ち主に信頼されるというのはこんなにも心地いいものなのかと。
いつのまにか、彼の傍にいて彼の心に触れることが喜びになる。
四季折々の森の表情を高耶と一緒に眺めて過ごした。
街育ちらしい彼が表す新鮮な驚きや感慨はそのまま搾りたての美酒のよう、彼の仕草にこちらが酔った。

取り込もうと仕掛けていた欺瞞は、必然になった。けれど罠の口を閉じることはもうない。
花は育ったその土地で最も馨しく開く。 いくら彼が懐いたとしても、連れ帰って後、万が一彼を損なうことになりでもしたら―――?それを考えれば、もはや無理やり彼を攫うなど論外だった。
危険を冒すぐらいなら、自分が『汀』に留まればいい。訝る周囲をねじ伏せそう我を貫いて、たちまち人の世の一年が過ぎ―――、予期せぬ嵐がやってきた。

火の玉と化した高耶に相対するのはこれで二度目。
しかも今の彼は散々怯えて心細くて泣いているのではなく、自分と離れたくないと言って縋りついてくるのだ。
いっそこのままと、思わぬでもなかった。 少なくとも一年前なら迷わずにそうしていただろう。
でも今は。
小さな身体を抱きしめながら、彼がこの一年でどんなに成長したかを思う。
巡る季節の贈り物を彼は瑞々しい感性で受け止め、何倍にも膨らまして返してくれた。
「直江っ!」
何かを見つけた時の弾むように呼ぶ声で。
「すっごい綺麗だね」
きらきらさせて振り向く瞳で。
この愛らしさを永遠に独占できたら、それはとても幸せなことだけど。 それでも今は、成長した彼が見たい。 森にも愛されたこの子どもが、この先、自らの土地でどんな風に艶やかに咲き誇るのか、その姿を。


断腸の思いで彼に言い含め、親元に帰して後の十年、『汀』の際でまどろみながらその時を待った。




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再び直江さん視点
けど。・・・まったく他愛もないのはアンタの方だろ?と・・・(苦笑)







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