十年ぶりに降り立った駅前の風景は、ずいぶんこじんまりと寂れて見えた。 記憶と重なるところや変わったところをなぞりながら、人気の途絶えた道をゆっくりと歩く。 雑貨屋といったほうがいいような家族経営の小さなスーパーはそのままだ。時々お菓子や文房具を買いに来た。 その隣は洋品店だったはず。でも色褪せたシャッターが下ろされている。 二つおいて育苗店を兼ねた燃料店。開け放された広い間口のガラス戸の奥はなんだか一層古びた感じ。 ああでも脇の柿の木は以前と変わらず青くて固い実をいっぱいにつけている。 とても綺麗なのにそのままでは食べられない渋柿なのだとはいったい誰に教わったのだったか。 木枯らしが吹くころ、店の軒には見事な干し柿のすだれができていた。 少しばかりの大通りはすぐに終わって、やがてあたりは田んぼと畑ばかりになる。 さて。ここら辺だったかな? 道の途中で立ち止まり、高耶はもう一度地図を開いた。 サルナシの茂み サンキライの藪 ぽつねんと立っている怪獣みたいなトゲトゲの木 すでに地図は白紙ではなくてたくさんの目印が記されている。ひとつ記憶を蘇らせるたび、あぶり出しのように浮き上がってきたものだ。 ツメクサの甘い蜜。酸っぱいガマズミ。 銀灰の毛のネコヤナギ。 スミレ、タンポポ、オドリコソウ。野を埋める一面の。 その時々のわくわくした気分までが鮮明だ。テーブル一面に散らばった色とりどりのキャンディーみたいに。 いつも直江が傍にいた。森の自然に驚いたり感心したり時々は破天荒な反応を返す自分のことを、笑いながら見守っていてくれたのだ。 だから思い出すイメージのひとつひとつがこんなにも色鮮やかできらきらしてる。 特別なインクだと直江は言っていたけれど、本物の魔法のよう、目には見えない描き手が居るみたいだった。 驚きはしたけれど恐ろしいとは思わなかった。 やはりあそこは不思議の森で、きっと直江もそこの住人だったのだと、すとんと腑に落ちた気がした。 そのお伽話みたいな世界に迷い込んだ異分子の自分を慈しみ、直江はもう一度元の世界に帰してくれたのだ。 直江の真意はいったい何処にあったのだろう? 御守袋を開けてからずっと考えていた。 待っていると言った。見つけてほしいとも。 但し、もしも忘れていなかったら、という条件つきで、それなら今の自分は充分それを満たしているわけで。 なにより、こうしてはっきり思い出してしまったら、どんな存在であろうと、無性に直江に逢いたくてたまらなかった。 こんなに回りくどい真似をするのだから、きっと普通に直江の家を訪ねたのでは駄目なのに違いない。 ならば、いっそ、最初をなぞってモリを渡っていけばいい。 最初のあの時は自分はただの闖入者だった。 でも、今は。 直江に逢いたいと希い、彼から託された地図を持っている今ならば、きっと――― (直江の元へ通してください) 目を瞑り頭を垂れ、敬意を込めて念じると、高耶は、十年前と同じに道から逸れてイラズノモリに分け入った。 |