座卓にはすでに夕餉の膳が整っていた。 通いの者が厨に用意した料理をただ並べるだけのこともあるし、時にはそこに高耶自らが拵えた一品が加わることもある。 もっとも彼が自分からそうと言い出すことはなかったから、直江がそれを知ったのもずいぶん後になってからだったが。 今日のはどうだろうか。思いながらも口にはしない。 ざっと目を走らせ、戴きますと手を合わせて箸を取った。 まずは自分が食べないことには、彼も膳部に手をつけようとしないから。 最初は抵抗のあったこんな風な扱いも、今ではすっかり諦めてしまった。 手元に引き取った時には、彼を束縛するつもりはなかった。 だから、きびきび立ち働く彼に、書生というのは建前なのだから家の雑事など気にせず客分として寛いでいてほしいと懇願もした。 けれど、高耶は。 何度諭しても、援助を受けている自分は雇い人と同列だからと、頑として直江に傅く態度を変えず、結局は直江の方が根負けする格好になった。 面映くもあり申し訳なさもあったけれど、有体に言ってしまえば、憎からず想う高耶に濃やかな世話をされることが、嬉しかったのだ。 まるで蜜月ででもあるような、ふわふわと浮き足立った始めの数週間。 舞い上がる気持ちのままに高耶を連れ出し、贈り物をし、うっとり見つめ ―――でも、気狂いじみた高揚もいつかは鎮まる。 穏やかに微笑んでこちらを見る彼の瞳が笑っていないことに気づいたのは何時からだったか。 有形無形に差し出す好意を、彼はいつも喜んで受けたように思えたけれど、それは彼本来の感情ではなく、 直江がそうと望むから望みのままに返してくれた機械仕掛けのような微笑み、仕草なのだと。 彼は、従順で理想的な僕の役回りを、完璧に演じているだけだ。 奈落の底に突き落とされた思いがした。 いっそ詰ればよかったのかもしれない。 それと悟ったその時に、湧き上がる激情のままに。 何故本心を明かしてくれぬと、彼に詰め寄り喚き立て、あなたが好きなのだと身も世もなく泣き縋って、恋焦がれる真情をすべて曝け出せていたら、 或いは、彼の纏う鎧の一片でも剥がせたかもしれないけれど。 ちっぽけな自尊心が邪魔をして、直江は鷹揚な庇護者のふりを続け、彼もまた完璧な書生役をこなし―――滅滅とした負の感情だけが降り積もって、ある夜、暴発した。 接待の酒が直江の箍を外し、床まで付き添った高耶をそのまま引きずり込んで蹂躙するという、最悪の行為で。 翌朝、目覚めた時には彼の姿はなかった。 仕出かした過ちに青ざめ、慌てて寝所を出れば、やはり青白い顔をした高耶がいつもと同じように朝餉の支度を整えている。 そして、平身低頭詫びる直江にこともなげに言ったのだ。 男妾も仕事のうちと思っていたから、と。 だから何も気に病むことはないと真っ直ぐに見据えられ、感情のないその瞳の色に打ちのめされた。 |