薄闇に、菊が薫る。 それは活けられた花からのようでもあり、組み敷く彼の身体から立ち上るようでもある。 関係を絶つことはできなかった。 あれ以降、時折、高耶は当然のような顔をして寝間に忍んでくる。 拒絶する理由も気概もすでになかった。 一度きりの過ちにすら収めきれない自分を浅ましく思いながら、諾々として彼を抱き、彼に溺れた。 そうして逢瀬を重ねるうちにやがて気づくことがある。 どれほど心を偽ろうと、彼の身体は嘘をつかない。 紅潮する肌、 荒ぐ呼吸、溢れだす蜜。 間違いなく彼は愉悦を拾っているのだと確信した瞬間の、喩えようのない悦び。 今この時だけは彼の呟く機械仕掛けの睦言が真になる。 だから、しつこいほどの愛撫を繰り返して、少しずつ、彼の弱みを確かめた。 たとえば、首筋。胸の突起。 若々しいオスはもちろん、腰骨から鼠蹊のあたり。 感じすぎて身を捩るのを押し留め、さらにねつく舌を這わせた。 はあはあと次第に切迫する声に被せるように問いかける。 「……ここは、好き?」 こくこく頷く仕草はきっと掛け値なしの真実。 「…気持ちいい?」 重ねて問えば、しばらく凝とこちらを見上げ、呟くように、いい、と応えた。 瞳に映りこんだ仄かな火影が揺らめいて今にも零れそうなのが、たまらなかった。 「あなたが、好きだ」 思いのたけを込めて、囁く。彼にとってはもううんざりなんじゃないかと思える台詞を繰り返し。 そのくせ嘘かもしれない応えは聞きたくなくて、その口を片手で覆った。 何か言いかけた彼の、掌に感じる唇の動き、湿り、吐息の熱さ。 すぐにそれはくぐもった嬌声に変わる。 少しばかりの自制など、ひとたまりもない。 頭の芯が白く焼けついて、あとは彼を貪ることしか考えられなくなるのも、またいつもの繰り返しだった。 どれほど欲望にまみれた夜を過ごしても、明け方、静かに高耶は寝間から消える。 気配もなく、直江も気づかぬうちに、その身体に回されていた腕を解いて。 酩酊が宿酔に変じるように、後朝に目覚めるたび、思い知らされる現実。 空になった寝床の片側を虚しく見つめながら、直江は苦く思う。 夜伽の勤めさえ済んでしまえば、共に添い臥すことさえ彼にとっては苦痛なのだろうかと。 またいつもと同じ一日が始まる。 今頃高耶は昨夜の同衾などなかったようなそぶりで朝餉の膳を整えているのだろう。 ならば自分も同じ仮面を被らねば。これ以上惨めな思いをしないですむように。 いったいいつまで続けていられるだろう?彼との息詰まる生活を。けれど、彼無しではきっと一日たりとも生きていけはしないのだ。 堂々巡りの果てにのろのろと身体を起こした直江の目に、赤い乱れ菊が映りこむ。 一晩中薫っていた気のする花も、今は細かな蕊が下に散らばり、いささか精彩を欠いてみえた。 |