長夜の宴 -5- 





……いつから?なんて解らない。何者なのか?と考えたこともない。
ふわふわ漂う切れ切れの意識の切れ端。
オレはそういうモノだった。
あの庭で、ジイさんに会うまでは。

……陽だまりでネコが寝ていた。
いつもぴりぴりしているヤツなのに、その日は気持ちよさげに喉を鳴らしているのが気になった。
傍らには年寄りが独り。
お互い、付かず離れずの距離で日向ぼっこをしている、そんな風情だった。
ぬくぬくと温かな陽光を感じた。
もしかしたら、温かいと感じたのはお日様の光ではなく、一人と一匹の醸す、この場の雰囲気だったかもしれない。
立ち去りがたくて、何度も同じ光景を眺めていたある日、ふいに爺さんと目があった。
人と視線があうなんて、それまで一度もなかったから、かなり、びびった。
金縛りみたいに動けなくて。 ただただ爺さんの顔を見つめるだけだった。もしもそこに嫌悪の表情が過ぎったらどうしようと、それだけが心配だった。

けれど、爺さんはにっこり笑った。
年寄りなのに、子どもみたいな笑みだった。
「これはまたずいぶんと可愛らしいお客人だ」
それがオレに向けられた第一声。
「おいで。名はなんと言う?」
こいこいと手招きされても、まだその場を動けなかった。
爺さんはそんなオレを考え込むようにして暫く見ていた。
「はて、花精の化身なら普通は乙女と相場が決まっとるもんだが。……まあ菊の精ならその姿でも無理はないか」
それは独り言めいた小さな呟き。 やがて得心したようにひとつ頷くと、爺さんは、張りのある声でもう一度オレを呼ばわった。
「坊、名がないなら儂がつけてやろう。『高耶』というのは如何かな? 小さいながら凛とした風情を持つ坊の名に相応しいと思うがの」

その瞬間、世界が変わった。
もうオレはふわふわ漂うモノじゃない、あの庭に根を張る、高耶という名の菊花の精になった。


それまで淡々と話し続けていた彼の声が、この時だけは誇らしげな色を帯びた。





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長らくの放置、ごめんなさい(土下座)
高耶さんの正体はこんな感じで。でもまだ舌足らずなのはお好きな方向に(おい)
まあ高耶さんがヒトでもヒトでなくてもまったく問題もないよね。直江さんには(笑)







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