……いつから?なんて解らない。何者なのか?と考えたこともない。 ふわふわ漂う切れ切れの意識の切れ端。 オレはそういうモノだった。 あの庭で、ジイさんに会うまでは。 ……陽だまりでネコが寝ていた。 いつもぴりぴりしているヤツなのに、その日は気持ちよさげに喉を鳴らしているのが気になった。 傍らには年寄りが独り。 お互い、付かず離れずの距離で日向ぼっこをしている、そんな風情だった。 ぬくぬくと温かな陽光を感じた。 もしかしたら、温かいと感じたのはお日様の光ではなく、一人と一匹の醸す、この場の雰囲気だったかもしれない。 立ち去りがたくて、何度も同じ光景を眺めていたある日、ふいに爺さんと目があった。 人と視線があうなんて、それまで一度もなかったから、かなり、びびった。 金縛りみたいに動けなくて。 ただただ爺さんの顔を見つめるだけだった。もしもそこに嫌悪の表情が過ぎったらどうしようと、それだけが心配だった。 けれど、爺さんはにっこり笑った。 年寄りなのに、子どもみたいな笑みだった。 「これはまたずいぶんと可愛らしいお客人だ」 それがオレに向けられた第一声。 「おいで。名はなんと言う?」 こいこいと手招きされても、まだその場を動けなかった。 爺さんはそんなオレを考え込むようにして暫く見ていた。 「はて、花精の化身なら普通は乙女と相場が決まっとるもんだが。……まあ菊の精ならその姿でも無理はないか」 それは独り言めいた小さな呟き。 やがて得心したようにひとつ頷くと、爺さんは、張りのある声でもう一度オレを呼ばわった。 「坊、名がないなら儂がつけてやろう。『高耶』というのは如何かな? 小さいながら凛とした風情を持つ坊の名に相応しいと思うがの」 その瞬間、世界が変わった。 もうオレはふわふわ漂うモノじゃない、あの庭に根を張る、高耶という名の菊花の精になった。 それまで淡々と話し続けていた彼の声が、この時だけは誇らしげな色を帯びた。 |