ああ、そうか。と、直江は思う。 あの日、初めて高耶と逢った日。 最初に目に留まったのは、鮮やかな彩の小菊の一群れだった。 あれこそが高耶の依り代だったのかと。 そしてもうひとつ、 彼に名を与えた老人の存在。 高耶が親しみを込めて『爺さん』と呼ぶその人は、おそらくは仰木の家の先代だ。 高耶を高耶たらしめているひととなり、 頑ななまでの矜持や潔さや優しさもまた、その老人から学び取ったのではなかろうか。と。 ほどなく、直江の思いは裏打ちされた。 人と混じって暮す様々な術を教えてもらったと、彼自身が語り始めたから。 ……どれぐらい、居たんだろうな。爺さんは最初から年寄りだったしオレは大きくならないしで、 時の流れさえ最初はよく解らなかった。 けれど、ある日、美弥がやって来て、その時からオレは美弥の『兄』として一緒に成長をはじめたんだと思う。 孫だという美弥をずっと一人暮らしだった爺さんが引き取る理由は聞かされなかった。 今ならさぞ生臭い経緯があったんだろうと見当もつく。 でも、あの頃は、小さな女の子の遊び相手になってやる毎日が楽しくてたまらなかった。 一日一日が鮮明な輪郭を帯びた。美弥はどんどん大きくなって、オレもそれに歩調をあわせる。 まやかしには違いないけど、本当の家族みたいに幸せな日々だった。 やわらかく慈しみに溢れた眼差しを遠くに遊ばせながら、高耶は一度口を噤んだ。 御伽噺を終わらせるみたいに。 でも彼の語るのは幸せな御伽では終わらないはず。 虚空に向けた視線は変わらず、その色だけがすっと曇った。 陽射しが雲に遮られたように。 ……爺さんが亡くなったのは、美弥が十二の歳だった。 美弥を頼むというのが爺さんの最後の願いだったから、オレはそれまでと変わらないよう美弥を守って暮していくつもりだった。 爺さんの遺してくれた貯えがあったし、オレも少しは稼ぐことができたから。 それなのに、美弥は少しずつ病んでいった。その弱り方が爺さんとそっくりだった。 もちろん医者はちゃんとした病名を診たてたよ。でも、思ったんだ。 もしかしたら、人ではないオレの存在そのものが二人に障りをもたらしていたんじゃないかって。 そのつもりはなくても、知らず知らずのうちにオレは身近にいる人の生命の気を奪っているんだと。 急に、怖くなった。でも、美弥一人を残しておくわけにもいかなかった。あの子にはもうオレしかいなかったんだ。 出来るだけ距離を置いて、滋養のあるものを食べさせて。 何の解決にもならないことは解っている。でも、オレにできるのはそれだけだった。 そうして一進一退の病状を繰り返しながら数年が過ぎて――― ある日、お前に出逢った。 ひたむきに見つめられる。 あの時と同じ、強い視線で。 そのことに眩暈がした。 |