盂蘭盆会の間中、翁も巻き込んで高耶は倉での資料整理に没頭した。 翁が蔵内に保管されている文書や器物に精通していることを知った高耶のたっての願いだった。 元々、山のような資料の類はデータ化すべく作業を進めていたのだが、此処に生き字引のような理吉がいるのなら、 このチャンスを逃すテはない。 矢継ぎ早に高耶がぶつける疑問質問に、翁はひとつひとつ丁寧に答えていく。 丁寧すぎて話が脱線することもしばしばで、それはそれでまた得難い地方史のひとコマだった。 そして同じ盆の間中、隣家の刀自からもこの土地の行事食であるらしいおすそ分けが届けられた。 具だくさんの野菜の汁もの、つきたての餅、油揚げとシイタケのおこわなど。 ここ数日いつも倉の方から返事があるものだから、部活も休止の盆休みを満喫しているらしい和彦は高耶の熱心さにすっかり気圧されてしまったらしい。 大学って、入ってからもそんなに勉強しなきゃいけないもんすか?と真顔で尋ねて高耶を失笑させた。 「そりゃラクに取れる単位もあるけど。自分が好きで選んだテーマにはとことん向き合いたいだろ? ワヒコが部活で野球頑張るのと同じじゃないかな?」 解りやすく例えたつもりだったが、彼にはぴんとこなかったらしい。 そこがよく解んないんだよなー。そもそもベンキョと野球、全然違うしなー。と、首を捻りながら帰っていくのに苦笑する。 悩める彼は中学二年生。きっと来年の今頃は受験生として否応もなく勉強と向き合うことになるのだろう。 そう、来年は―――と、何気なく考えて、どくんと心臓が跳ね上がった。 自分も和彦も当たり前のように想像する未来。 それが理吉翁にはもうこないものなのだという事実に突然思い至ったから。 「あの腕白も大きくなったのう。儂の見知ってるより三寸は背丈が伸びとる。きっと来年には親父殿を越しているじゃろ」 和彦の目には触れぬようそれまで気配を消していた翁が傍らで呟いた。 高耶の動揺に気づいていながら恬淡と、ありきたりの世間話をする口調だった。 「理吉さんは―――」 なんだか喉が詰まって上手く言葉が紡げなかった。 こんなにも親しく濃密な時間を共に過ごしたこの人は、すでにこの世から去ってしまった人。 しかも今日は十六日、盂蘭盆会の最後の日だ。夕闇に包まれる頃には送り出してやらねばならない。 別れの迫っていることを今さらながら実感して、でもそうしなければならないことが嫌だった。 そんな高耶の想いを引き取るみたいに翁が言った。 「儂は何処にもいきませぬよ。ただ眠りにつくだけじゃ。そう、ちょうど主殿が座敷で転寝するようにの。……眠りながらまだか細い糸でこの世に繋がっとる。 また来年、盂蘭盆に火を焚いてこの爺を迎えてくだされ。そうしたら、きっとお目にかかれますからの」 諭すように、慈しむように。 できることなら小さな子どもになってその手でくしゃりと頭を撫でてもらいたかったと思う、そんな翁の眼差しだった。 「まずは心残りのないようにな。まだ儂にお答えできることはありますかな?日のあるうちでないと、文書が読めなくなってしまうでな」 そう言ってさりげなく作業の続きを高耶に促す。 最後までこのペースを乱すことはしないと、暗に宣言するように。 |