それから、長い長い話をした。 聞きたいこと、訊ねたいことは、それこそ山のよう。 散々迷った挙句に『理吉さん』とした呼びかけが、ことの他、翁を喜ばせたようだった。 煌々と明るい光はやはり苦手だという翁につきあって、高耶も延々、縁側で夜を過ごした。 生前はかなりの酒豪だったという翁のために、直江の買い置いていた冷酒をだしたりもした。 その馥郁とした香気を嗅ぎ、翁が相好を崩す。 若いのになかなかやりおる。よく仕えておるようで安堵いたした。などと嘯いて。 勢い話の流れは直江に移って、高耶は直江自身も知らないような昔のあれこれを聞き知った。 頬にあたる夜風はいい感じに気持ちよくて、酔いもまわってふわふわして、 なにより翁の存在が絶対の安心感を与えてくれる。 主殿主殿と、何度か呼ばれた。 このままでは風邪をひきまするぞ、とも。 でも遠くから聞こえるその困ったような呼びかけすらも心地いいのだ。 そして瞼が重くてたまらない。 ごめん、理吉さん、少しだけ、寝るね。でもまだ、帰らないでね――― そう断ったつもりだが、それはもう呟きにすらならなかったかもしれない。 座布団に丸まった身体の上に、やがて、羽のようにふうわりと何かが掛けられた気がした。 ああ、直江が来てくれたんだな―――脈絡もなくそう思った。 翌朝は自分のくしゃみで目が覚めた。 盛夏とはいえ明け方はそれなりに涼しい。縁側で寝入るのは無謀だったよな……と、 起きぬけの頭で考えて、ふいに記憶が繋がった。 もちろん、直江がこの場に来れるはずもない。 でも高耶の身体には昼寝に重宝している軽い薄掛けが掛かっていて、それでかろうじて夜の肌寒さをしのいでいたらしいのだ。 理吉さんに実体はないはずだし、いったい誰が?と首を傾げながら、 とりあえず強張った筋をほぐし、顔を洗い、米を研いで炊飯器にセットする。 家の中に彼の気配はない。 明るい間は何か障りがあるのだろうか。 思い巡らすうちに、蔵かもしれないと閃いた。 駆けつけてみると、やはり翁は其処にいて、昨夜は少々過ごしましたな、と、微苦笑の滲む複雑な面持ちで気遣われた。 掛けられていた薄掛けは、思ったとおりに翁の差配。自分の手では出来ぬので、裏山に昔から棲む梟に頼みこんだという。 そんなこともできんの?!と目を丸くする高耶に、 あれはあくまで緊急避難、互いに負担の掛かることだから今後は自重してくだされ。 梟だって主殿故に承知したこと、他の人間相手には決して致すまいよ。と窘められて。 神妙な顔で高耶も頷く。 まだまだ翁とは話したいこと聞いてもらいたいことがいっぱいあるのだ。 まずは、朝御飯を食べてから。理吉さんにも炊きたての熱々をよそうから、その後、オレに頂戴ね、と。 昨夜のことを踏まえつつ、衒いなく言ってのける高耶に、翁の笑みが深まった。 |