夏休み

-送り火の後で-





思えば、出逢った時から惹かれていた。
不思議な記憶と面影が重なった所為もある。が、そんな理由付けはすぐに意味を失って、 ただただ彼自身の在りように囚われていくだけだった。
随所で発揮される細やかな気配り、心遣い。真っ直ぐなその気性。
挑むような勝気な視線。そのくせ、時折見せるはにかんだ笑顔。
この人こそ運命の人だと、そう思い極めるにも時間は掛からなかったけれど、 それを正直に告白するのはまだ躊躇われた。
年若い彼は、まだ自分を友人とみなしているだけ。 その友人としての立場だって、彼の中ではずいぶんと葛藤があっただろうと思う。
それを乗り越えてようやく本当に気のおけない間柄になったのだ。 うっかり本心を洩らしてすべてをぶち壊してしまいかねない真似は、怖ろしすぎてとても考えられなかった。

そんな中で、彼の方から強請ってくれた田舎家の滞在。
週末だけだろうと昼夜水入らずで彼を独占できる日々は何事にも替えがたい。
負担を案じてくれる彼の気遣いは受け流して、少々の無理を押しても毎週末に通い詰めた。

それも、八月の初旬まで。
毎年の盆には家の手伝いに行かねばならない。 今年は大叔父の初盆の法要も控えていたからなおさら、どうしても抜けることができなかった。
ぎりぎりになって、それを彼に伝えた。
彼はあっさりとその予定を了解し激励してくれたのが、逆に切なかった。 こんなにも焦がれているのは自分の方だけなのだと思い知らされた気がして。
そして始まった盂蘭盆会の四日間。
つつがなく法要を執り行い、受け持ちの檀家の家々を回り兄たちと交代で墓参のための社務所に詰めて。
毎年の恒例といえばそれまで。けれど、今年はもう、堪えることができなかった。
最後の日、実家の寺を辞したのが日暮れ前。家族は東京に帰るものと思っただろうが、直江はそのまま北に向かった。
一目、彼に逢いたかった。
連絡など入れたら、きっと彼は来るなというだろう。その拒絶が怖くて連絡もしなかった。
そうして、たどり着いたのが八時過ぎ。
さほど晩い時間でもなく、 実際、室内に灯りが点っていたのは確認済みだったのに。
それでも呼びかけに応えはなかった。
何事かと泡を食って、茶の間も見通せる庭に回った。
縁側に横たわる高耶を見たときは心臓が止まるかと思った。
慌てて抱き上げた時、それまで閉ざされていた瞼が開いて、彼は、言った。
おかえり、直江、と。
まるで自分がこうしてやって来るのを知っていたみたいに。
今まで見たことのない、艶やかな微笑みとともに。
抱擁をせがむように腕が首に回されて―――そうして彼はまたことんと眠ってしまったけれど。
すこやかな寝息をたてる高耶を腕の中に抱きしめ、しばらく動けなかった。
夢ならば醒めないでほしいと、本気で念じながら。

叶うものなら一晩中でもこうして彼を抱きしめていたかったけれど、 高耶の身じろぎで、我に返った。
このまま夜風にあたり続けて彼に風邪を引かせるわけには行かない。
宝物のように抱き上げて、座敷へと移った。
本当は無理やりにでも声を掛けて一度彼を起こすべきだったのだろうけど。
彼が正気に戻ったらきっと自分の無謀を怒り出すに決まっているから。
先ほどの微笑み―――まるで恋人に向けたような―――の余韻を消したくなかった。
いっそ彼にも夢だと思われた方がいい。 彼が寝ている間に出発しようと腹を括って、自分もまた毛布を掛けた彼の傍らで仮眠を取った。


眼の覚めたのが夜明け前。
そっと起きだしたつもりだったのに、突然ぱちりと目を開いた高耶と視線があって、直江はそのまま固まってしまう。
どこから説明すればいいものか、迷っている一瞬の間に、高耶が先手を取った。
「今日から仕事のはずだよな?此処、何時に出る?」
「……すぐにでも」
正直に答えると、舌打ちしたげな高耶の表情。
「今すぐっつったって、顔洗って髭あたってトイレぐらいには行くよな?……十分だけ待って」
言うなり、脱兎の勢いで跳ね起きて台所に駆け込んでしまった。
気にはなったが、様子を窺う余裕もない。急いで身支度をしてる間に、宣言通り、高耶が十分足らずで戻ってきた。
「あり合わせだけど、これ、朝メシ用のおにぎり。本っ当に残り物で作ってあるから、悪いけど出来るだけ早く食べてくれ」
突きつけるように差し出された包みを、半ば呆然として受け取った。
「眠気覚ましに珈琲にしたかったんだけど。時間がないんでポットの中身は冷蔵庫の麦茶だ。……気をつけて運転してな?」
慌しく外へ出ながら、心配そうに高耶が付け足す。
「……ありがとうございます」
想いが溢れすぎて、逆にそれしか、言えなかった。
運転席に収まってシートベルトを締め、改めて高耶と視線を合わせる。
「それでは、いってまいります。……その、いろいろすみませんでした」
仏頂面だった彼の顔が、その瞬間微妙に歪んで、不思議な微苦笑に取って代わる。
「言いたいことは山ほどあるけど、それはまあ、後にしとく。来てくれてありがと。 やっぱりオレも寂しかったから、顔見られて嬉しかった。 ……でもそのせいでおまえになんかあったら、オレ、自分で自分が許せないから。 ……だから、頼むからくれぐれも気をつけて」
思いもかけなかった彼からの餞。万金に値する言葉。
一字一句を噛みしめながら、厳かに誓った。
「……肝に銘じます」
潮時とばかり高耶が窓の傍から離れ、しずしずとセダンが動く。砂利を踏み、門扉を出て、前の道路へ。
ミラーには佇む高耶がおぼろに映っている。彼も外まで見送りに出てくれたのだ。
その姿はすぐに薄闇に溶け込んで、代わりのように桜の樹のシルエットが黒々と浮かびあがる。
まだ彼に見守られているような気がした。




戻る/次へ







・・・たまってたんだね、直江さん(笑)
理吉さんにポジション取られっぱなしだったので、少し直江さん視点で補足でもと思ったら
ま〜〜喋ること喋ること(おい)
直江さん、帰りの高速でも延々リピートしそうなんで、以下略ってことで(おいおい)

高耶さんのおにぎり、ご飯は冷飯をレンジでチンするとして、具材は何かな?
ここ数日おすそ分けもらいすぎであんまり料理してなさそうだしな。買い物もしてないだろうしな、と、真剣に悩んだり
・・・妄想のタネはホント尽きません・・・(^^:)





BACK