学業と田舎暮らしを両立させてのんびり過ごした夏だった。それが、あの日を境に世界が変わった。 どきどきする。わくわくする。そわそわする。 直江のことを考えるだけで。 何が変わったわけでもない、いつもの暮らしをしているのに、なんだか一日一日が特別な日みたいにきらきらしている。 (……惚れてるってことなんだろうな、オレも) 自分でそれを認めるのはとても気恥ずかしかったけど、でも、事実だからしようがない。 理吉と出逢い、直江の本音を知って、ようやく高耶も自分の心に折り合いがついた。 直江という男に、自分も恋をしているのだと。 心の赴くまま、日に何度かメールを送った。 邪魔にならないよう、今までは必要最低限の連絡しか入れないようにしていたから、ひょっとしたら、突然のメール攻勢に驚いたかもしれないけれど。 なんてことのない会話程度の内容にも丁寧に応えてくれて、おかげで高耶は直江の日常にずいぶんと詳しくなった気がした。 朝昼晩の食事に何を食べたとか、あいかわらずのうだるような都会の天気だとか熱帯夜の続く気温とか。 さすがに休み明けは書類が山積みでこの二三日は残業続きなのだとか。 もしも直接に相対しているのだったら決して気取らせなかっただろう疲労の蓄積が、小さな液晶の文字の奥から透けてみえる気がした。 (どうしよう。すごく逢いたい。けど) 画面を見つめる高耶の眉が寄る。 いくらリフレッシュになると本人が言い張っても、こんなに忙しく働いた後の週末にまた長距離運転させるのは忍びない。 それぐらいなら一度自分が戻ったほうが……と思ってはっとした。 そうだ。そうすればいい。 ずっと直江の車に頼るばかりだったからうっかりしていたけど。 そもそもの初めは自力で電車を乗り継いで此処までやってきたではないか。同じようにして帰ればいいのだ。 閃いた名案――自明の理屈――にぽんと手を叩きたい気分になった。 理吉のおかげでずいぶんはかどったから、数日抜け出しても作業に影響はない。 戻るなら平日、明日にでも早速。直江の帰る頃を見計らって駅なりマンション前で待っていよう。 暑いし遅い時間だからたいしたものは作れないけど、何を差し入れたら喜ぶだろう? なんだか遠足が決まった子どもみたいにわくわくしてきた。 落ち着け。落ち着け。 預かった家を数日でも留守にするからには、それなりの準備がある。 まずは冷蔵庫をみて傷みやすい食材の整理。風呂の水抜き。もちろんのこと火の元戸締り用心だ。 時刻表を検索して、そうそう、お隣にも一言事情を説明しておかないと……。 やるべきことをひとつひとつ心の中で数え上げ、高耶はてきぱき動き始めた。 |