今まで願い続けていたことが叶った夜だった。 夢のようだけれど、現実に、直江は高耶を抱きしめている。 彼の重さ。温み。鼓動。息遣い。全身で彼の存在を感じながら、それでも、確かめるように名を呼んだ。何度も何度も。 その度にわずかに身じろぐのが、彼の応え。 きっと照れ臭くて仕方がないのだ。 視線を合わせまいと逸らす顔を無理やりのように仰のけて口づけた。 息ごと奪って甘く蕩かすようなキスを何度も、何度も。 キスでは済まなくなって、彼の肌のあちこちに手を這わせた。 こらっとか、待てっとか、莫迦っとか。慌てたように制止するのがいっそ新鮮で、 その止める声も、やがてキスの合間に洩れる喘ぎに変わっていった。 桜色に上気した貌で。潤んだ瞳を彷徨わせて。 肌蹴られたシャツのまましきりに身を捩る様は、無意識なのだろうがこのうえなく扇情的で。 もっともっと違う彼が見たくて、そろそろと彼のオスに手を伸ばした。 秘すべき処を他人に触れられる驚愕、躊躇い、含羞。そして他人に委ねてこそ得られる悦楽。 彼を追い上げながら、彼の貌によぎる様々な表情を見ていた。 彼が精を放った、その瞬間も。 荒ぐ呼吸が一瞬止まって、全身強張らせ、小刻みな震えとともに吐精してやがて緩やかに脱力していくまで。 心の底から愛しいと思った。 胸を激しく波打たせながら、彼はまだ放心している。 その芒洋とした貌をいつまでも眺めていたいけれど、放ったものをそのままにもしておけない。 タオル持ってきますねと声を掛け、彼は小さく頷いたのに。 戻ってきてみれば、高耶はすでに夢の世界の住人になっていた。 思わず苦笑が洩れた。 この先のいささか不埒なことも考えていたから、なおさら。 肩透かしを食った思いで、とにかくも彼の身体を清拭し、乱れた衣服を整えた。 タオルをあてても、身体の向きを変える時も、彼が目を開く気配はない。 その邪気のない寝顔を眺めるうちに、高耶にとっても今日は大変な一日だったのだと思い至った。 朝早くから長距離を移動して、彼のアパートで料理の下拵えをして。おまけに彼から告白とキスを仕掛けて。 彼にしては珍しく杯が進んだビールだって、おそらくは景気づけのため。 煮え切らない自分に引導を渡すのに、素面ではいられなかったからだろうと思う。 酔いの回った身体で昂ぶって逐情して、あげく一気に緊張の糸が切れてしまった彼を責めるわけにはいかない。 「ごめんなさい……。ありがとう」 耳元で囁いて、艶やかな黒髪を撫でる。こうして触れることは叶わないと思っていた彼の髪を。 ふっと彼の口元が微笑のかたちにつりあがった。 楽しい夢を見ているといい。そんな想いを込めながらなおも眠りを誘うように撫で続ける。 そうしているうちに、高耶が寝入ってくれてよかったとさえ思えてきた。 なんの準備もないままに性急に突っ走ってしまうよりも、 たぶん、これでよかったのだ。 彼とはもう心を許しあった仲なのだから。この先はゆっくり進んでいけばいい。 とりあえず、今夜は彼を抱きしめて眠りにつこう。 そうして直江はベッドに運ぶべく、静かに高耶を抱き上げた。 |