はじめに


先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。










Precious ―おとなり 3―




エレベーターを待つ暇さえもどかしくて、部屋への往復は階段を使った。
キッチンにとびこんで目当てのものを探し出すロスタイムを含めても、たいした時間は掛からなかったと思う。
が、その僅かな間に入れ違うようにして高耶の父は帰宅したらしい。 高耶が応えるとばかり思い込んでおざなりに鳴らしたチャイムに、すぐさまドアを開けてくれたのは彼の方で、心の用意がなかった直江は内心ひどく慌ててしまった。
間男の現場を押えられたらちょうどこんな感じだろうか?いや別に疚しいことはしていないが。 でもまあ世帯主の承諾無しにご飯をよばれて上がりこんでいたのだから、図々しい若造と看られても仕方がないかもしれない。
どう切り出そうか、あれこれ惑う直江をよそに、一言、仰木は奥に向って呼びかける。
「おーい。高耶。直江くんとトマトがきたぞー」
その言葉に毒気を抜かれた。 くだくだ説明するまでもなく話はすでに通っているらしい。
ぱたぱたと廊下を駆けてきた高耶に包みをかっさらわれて、背中押されるようにして、この日、初めて直江は仰木家の正式な客人となったのだった。



気詰まりかと思った三人での夕食は、意外なほど話が弾んだ。
学校のこと。専攻のこと。近所に開店した、新しいレンタルショップの品揃えについて。
とりとめなく誰かが話しては、残りの二人が耳を傾ける。
よく観る番組。好きなスポーツ。 思いがけなく同じチームの同じ選手を贔屓にしていると解かって、一気に親密の度合いが増したりする。
ビールを注いだり注がれたりしながら、ばしばし背中を叩かれて意気投合する、 そんな他愛のないやりとりをするうちにテーブルの皿はあらかた空になり、 それでもまだ話したりない様子で仰木はつまみの追加をしようと立ちあがった。
すかさず高耶も後に続く。 一緒に立とうとする直江を押しとどめて食器をシンクに運んでしまうと、そのまま父を手伝い始めた。

一言二言で意思は通じてしまうらしい。 バゲットを切ってトースターに入れたり、冷蔵庫から何かを取り出したり。 阿吽の呼吸で動く高耶たちの様子を、直江はじっと見つめる。

こんな日が来るとは夢にも思わなかった、と、思う。
仰木は、いつも煙たい存在だった。高耶を懐に抱え込んでしまいたい自分にとっては、本当の保護者である父親の彼が邪魔だったのだ。
高耶のことを何ひとつ理解しようとしないで忍従だけを強いる親。 いつのまにかそんな固定観念に囚われ、高耶を甘やかすことに夢中で、それ以上のことを見ようとはしなかった。
思えば高耶にも仰木にも、ずいぶんと失礼な話だった。
こんなにも、ふたりは仲睦まじい『親子』なのに。

香ばしい匂いが漂ってきて、チンとトースターが鳴った。
ミトンをした手で高耶が熱々のトーストをトレイに並べていく。流れ作業で仰木がそこに混ぜものをしたサーディンを盛り付ける。
最後にパセリを振って、たちまち仕上がったらしい一皿をテーブルに運んで、満面の笑顔で高耶が言った。
「はい。ガーリックトーストのカナッペ。カリカリのうちに食べてみて」
勧められるままに頬張っているうちに今度は仰木が別の小鉢を持ってくる。
「早速ご馳走になります」
先に口にしているのはこちらだというのに、逆にそう頭を下げられて、慌てて口の中のトーストを飲み込みながら会釈を返した。
目の前に置かれた器の中身は、ツナと鬼おろしとをあえたもの。彩りよく上に胡麻と大葉があしらわれている。
バゲットといい缶詰類といい、簡単ではあるものの、自分の持ち込んだ材料が洒落た料理に変身している、そのことに目を瞠った。
そのまま食べる自分の食生活とは大違いだ。

「……仰木さんも料理がお上手なんですね」
口をついて出た感想に、照れたように仰木が笑った。
「ああいうお母さんの手料理で育った直江くんにそう言われるとお恥ずかしい。私のは手早く作れるものばかりです。……今じゃ高耶の方がずっと手の込んだものを作る」
そう言って、愛しそうに高耶を見遣る。
その伏目がちに緩んだ目尻が高耶とよく似ていることに今さらのように気づいて、ああ、やっぱり血の繋がった親子なのだと考えた。

「すごく、おいしいです……」
「それはよかった。さ、肴が出来たところで、もう一杯」
グラスを押しいただくようにして注がれたビールを一息に干した。
その呑みっぷりに目を細めて、仰木が言う。
「……ずっと憧れていたんですよ。兄でも弟でも息子でもいい。家族とこうして酒を飲める日が来ればいいって。 ……あいにく高耶が相手になってくれるのはまだまだ先だけど、こうしていると直江くんが身内みたいに思える。遠慮なく、これからも遊びに来てください」
「…そんな……。私の方こそお願いします」

思わず居ずまいを正し、恭しいほどの手つきで、直江は仰木のグラスに注ぎ返す。
大の男がふたり、まるで固めの儀式のようにうるうるしながら酌をし合う様子を、高耶は、黙々とカナッペを頬張りながら、面白そうに眺めていた。

「いいなあ、ふたりして、なんかずるい」
ぼそりと言うのは、自分のグラスだけ麦茶だからだろうか。
苦笑しながら仰木が言う。
「仕方ないじゃないか。おまえと飲めるのは十年後だ。父さんたちはもう少し飲むから、高耶はお土産のケーキ、先に頂いていなさい」
「やったっ!」
その一言を待っていた――そんな仕種でガッツポーズを決めるから、直江がぷっと吹きだした。


そして、和気藹々とした団欒はもう暫く続いたのだった。





戻る/次へ










「手抜き主婦、作ったようなウソを書き」
普通の一般家庭になんで鬼おろし用のオロシガネがあるんだよ?とひとり突っ込みつつ(少なくともうちにはない)
なんか、ゴロゴロした食感がツナ缶とあえたら美味しそうだな〜と想像だけでモノを書いてしまいました。(^_^;)

仰木父、思っていたほどイヤな人物ではなかったようです(苦笑)
というか、書き続けてるとどんどんイイ人になりそうで、それはそれで怖いものがありますね。

円満な隣人関係を結び直したところで、次はいよいよお泊りだっ♪(笑)







BACK