はじめに


先日、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続きというか前振りというか背景というか・・・。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。










Precious ―守護天使― 




「ねえ、高耶さん、ひとつ訊いてもいい?」

とりとめない話をしながら表通りまでの道をふたりで歩く日が続いて、そんなある朝、ふと思いついたように直江が言った。

「ん。なあに?」

そう言いながら見上げる高耶に、もう怯えや気後れの色はない。
すっかり自分を信頼してくれているその様子を嬉しく思う一方で、だからこそ湧き上がる小さな疑問。

「……引っ越してきたばかりの頃、高耶さんは私を避けていたでしょう?どうして?
…そんなに私が怖かった?」

直江の問いに高耶はしまったという顔をして照れ臭そうに俯いてしまう。
彼を困らせるのは本意ではないが、それでもやはり気にはなるのだ。
もしも、もっと早くに彼と向き合えていたら。彼を不安にさせなくてすんだのにと、そう思うから。

「うん…少し怖かった」

やがて高耶は小さく答えた。

「直江、すごくきれいだから」

「?」

言葉の意味が繋がらなくて、直江は一瞬絶句する。
顔の造作が人より少々整っているのは自覚している。そして、そのかなりの部分を母から譲り受けていることも。
同じ顔立ちの母にはあんなに懐いていたのに。なぜ自分は違うのだろう?

「きれい…で怖かったの?でもそれなら母さんだって同じ顔でしょ?」

釈然としないままなおも問い詰める直江に、高耶は天真な顔を向けてゆっくりと首を振った。

「おばさんはマリアさまみたいだから。でも直江は天使さまみたいで、だから、怖かった」

「天使が怖い?」

「うん。絵本で見てた大天使ミカエルさま。シスターが、悪い子のところにはこの天使さまが剣を持って懲らしめにくるんだってそう言ってたから。初めて直江を見たとき、直江がそうなのかと思っちゃった……」

そう言われてようやく直江の頭にも有名な宗教画のイメージが浮ぶ。
美々しい戦装束に身を包み、剣を掲げて悪鬼を征伐する、中性的な天使の貌が。
なるほど子どもにしてみれば、あの天使たちは憧れよりも畏怖を引き起こす存在かもしれない。
が、まさか自分が彼らと同格に列せられるとは思わなかった。
何とも言えない面映さに無言でいると、消え入るような高耶の呟きが耳に聞こえた。

「僕、あんまりいい子じゃなかったから……。お留守番してるって、お父さんとの約束破っておばさんちに行っちゃってたから……」

自分の姿が契約の履行を迫る天使に重なったのだと、ようやく直江は理解する。
天使に対する畏れは高耶自身の抱く後ろめたさの裏返し。
一人ぼっちの寂しさに耐えかねて、光に焦がれる蛾のように母の元にやってきて、束の間温まっては、また急き立てられるように冷たい我が家に帰っていく。そんな生活を慣れない土地で数週間も続けていたのだ。
小さな子どもが抱えるにはあまりにも重たすぎる孤独。 けなげに頑張っていた高耶がいとしく、そして切なかった。
立ち止まって身をかがめ、ぽんと、帽子越しにその頭に手を置く。
黒い瞳を間近に見つめて、穏やかに語りかけた。

「……高耶さんはとてもいい子です。私が保証します……。それに。お父さんからはもうお許しをもらっているでしょう?戸締りさえしておけば、好きなだけうちで遊んでいていいって。母がそう頼み込んだと聞きましたよ?」

本当にしあわせそうに高耶が笑った。

「うん!そうなんだ。迷惑かけなければ直江のおうちに遊びに行ってもいいって、お父さん言ってくれたの」

屈託のないその笑顔が直江にとっても嬉しかった。

弾む気持ちのまま、跳ねるような足取りで直江の先にたった高耶が、突然くるりと振り向いた。

「あのね、初めてこの道で直江と挨拶したとき、にっこり笑ってくれたでしょ?あれ、すごく嬉しかった。天使さまだけど、怖い天使じゃないんだって。……ごめんね。それまで隠れてたりして」

ようやく言えた謝罪の言葉。
高耶はすこし小首をかしげ晴れやかな顔でまっすぐに直江を見つめてくる。

「高耶さん……」

もう、何も言いようがなかった。目の前にいる彼こそが無垢な天使そのものだから。

万感の思いで歩くうちに、ふたりが別れる大通りが迫る。そこに友達を見つけ、高耶は直江にいってきますを言うと、軽やかに駆けだしていった。


いつものようにその姿が見えなくなるまで見送りながら、直江は思う。
自分は天使なんて、ガラじゃない。
それでも、常に高耶だけを守る守護天使の立場を得るなら何を差し出しても惜しくはないと。




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鉄は熱いうちに打て。というか、チャンスは前髪を掴め。……後ろは禿げている。
なんか、そんな今の気分…

ほとんど同時期のエピソードだけてんこもりで、ちっとも先に進まないのですが。
とりあえずまとまったものからupしようかと(苦笑)
次回は仰木さんちの事情について春枝さんが探ってくれそうです…。








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