はじめに


先日、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続きというか前振りというか背景というか・・・。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。










Precious ―こううん― 




「それがねえ、まるでモノでも分けるみたいに親権を半分こしたらしいのよ。 仰木さんと別れた奥さんとで。高耶くんと生まれたばかりの妹さんとを。
結局、仰木さん、失業やらなにやらあって高耶くんを何年か施設に預けて……、就職して生活が安定したのを機に引き取ることにしたらしいわ」

お茶を淹れながら春枝が口にする、愚痴ともぼやきともつかぬ高耶に関する話を、直江は黙って聴いている。


寺の大黒である母の情報収集力には、侮れないものがある。
元来、世話好きではあるが詮索好きなわけではないから、仕入れた噂をむやみに振りまく人ではないけれど、それでも腹にたまることはあるらしく、そういうときはもっぱら末の息子が聞き役に回される。
他人の家庭の事情など所詮他人ごと、いつもなら、馬耳東風右から左へと聞き流す直江だが、このときばかりは真剣に耳を傾けた。

それによれば、高耶は物心つくかつかないかのうちに、母と別れ、父にも一度は手放されて、養護施設で育ったらしい。



「前にいたとこ?楽しかったよ?」

翌朝、それとなく探りを入れる直江に屈託なく高耶は施設の様子を話してくれた。

お姉さんみたいな先生がいて、仲間がいて、ちょっぴり怖いシスターがいて。
一日遊んで、日曜日には特別な「学校」があって。
そりゃテレビは時間が決まってたし、ゲームもなかったけれど。

でも、楽しかった。みんな一緒だったから。と、少しだけ、歳に似合わぬ遠い眼をして高耶が言った。

「シスターがね、お別れするときに言ってくれたの。おめでとう、よかったねって。
お父さんがお迎えに来てくれるのはすごくしあわせなことなんだって。 そうしてもらえない子もいっぱいいるのに、僕は『こううん』なんだって。 だから、お父さんの言うこときちんと聞いておりこうにするんですよって。
いつもは怖いシスターなのに、泣きながらそういうんだ。で、泣きながら笑ってくれたの。
僕もなんだか涙がでちゃって。
おりこうにします。 お父さんを助けてきちんとしますって、そう約束してきたんだけど……」

口ごもるのは、その約束が守れていないせいか、あるいは夢見ていた親子の生活とはかけ離れた今の暮らしのせいだろうか。

このままではいけない。
そのまま黙り込んでしまった高耶を見て、不意に直江はそう思った。
確かに施設ではそれなりに幸せだったのだろう。信心深い優しい人たちに囲まれて。
でも、その昔が懐かしいなどと。施設の暮らしの方がましだった。あの頃に戻りたいなどと、高耶に思わせてはいけないのだ。 それが、今の高耶に係わる大人の責任なのだから。

そのために、自分は何ができるだろう?
それは、大人びて醒めた少年だと言われ続けていた直江が、初めて他人のために感じた衝動だった。



「そりゃね、仰木さんだって悪いひとではないと思うわよ。子どもを捨てっぱなしの親だっているのに、高耶くんを手許に引き取ってこれから男手ひとつで育てていこうというんだから。
その気概は、母さんだって高く買うわ。でもねえ……」

今日も直江相手にぼやきながら、日に日に春枝のため息は深くなる。
高耶に肩入れする分、どうしたってその父を見る眼が辛辣になっていくのだ。

「……こどもの気持ちにあんまり無頓着なんだもの。ご飯を食べさせて、服を着せてればそれでいいって問題じゃないのよ。
あれじゃ、育児放棄すれすれの放任だわ。 朝から晩までひとりっきりで家に置いておくなんて。
仰木さん、高耶くんのこと感情の無いお人形さんだとでも思っているのかしら?」

「……なんとかしてあげられませんか?せめてお父さんが帰ってくるまで、うちで預るとか。母さんが忙しいなら、放課後は僕が面倒をみてもいい。……だからお願いします」

それこそお人形さんのように黙って話を聞くだけだった息子から突然こんな反応を返されて、春枝が目を丸くする。
そんな母の驚愕にも気づかずに、直江はなおも言い募った。

「あの子を……、高耶くんを寂しいままでいさせたくないんです」

その真剣な表情に、次第に春枝も真顔になった。
愚痴るだけでは事態は好転しない。 それでも手をこまねいていたのは、他人の家庭に嘴を挟むことに躊躇いがあったからだ。
ところが、常に客観的にものごとを見据える息子までが何とかしろとせっついてくる。それは百万もの援軍に等しかった。
彼の言う通り、高耶を寂しいままでいさせるわけには行かないのだ。

「……そうよね。なんとかしてあげたいわよね。よしっ!母さんに任せなさいっ!」

次第に気迫のこもる言葉は、もういつもの太っ腹な母の口調で、幾らも間を置かず、直談判へと出向いたのだった。
そして気難しい仰木某を説得し、見事に高耶を抱え込むことに成功したのである。



実際問題として世間の機微にも通じている春枝は、大上段に正義を振りかざしたりはしなかった。
父親失格の烙印を押すのでなく、むしろ面子を潰さないよう、あくまで自分が高耶と遊びたいのだと、そう話を持ちかけたのだ。
無聊を慰める話し相手が欲しいのだと。

こんな時、春枝の楚々としたはかなげな容貌は強力な武器になる。
大家でもある婦人に縋るように頼まれては、店子である高耶の父に断れるはずも無く。 むしろ自尊心と侠気をくすぐられて、上機嫌で預けることに同意したらしい。

そんな経緯を後から聞き、殿方の扱いなんてちょろいもんよと、と口元を手で隠し上品に笑う母に、女の逞しさを垣間見た気のする直江である。



なにはともあれ。
居心地よく整えられた、高耶のための暖かな羽を用意しながら直江は思う。

父親に引き取られたこと。
この家の自分の隣りに引っ越してきたこと。
願わくば、その偶然が、紛れもない幸運としていつか高耶に認知されたら。こんな嬉しいことはないと。




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多少…というか、直江、しょっちゅう重複思考してますが(苦笑)
時系列に並べると「なれそめ」「こううん」「守護天使」「誕生日のおくりもの」と続くのじゃないかと…。
次回は誕生日以降をちらり(笑)







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