はじめに


先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。






Precious ―スクールデイズ 4―




思えば去年の運動会は、とうとう見にはいかなかった。
小学校や幼稚園とは違うのだから、父兄の見学者そのものが多くはないだろうし(少なくとも自分の中学時代はそうだった)、仰木と連れ立って出向いたりしたら悪目立ちして 迷惑かもしれないと、そう自分なりに判断して遠慮したのだが。
世相が様変わりしたのか、難関校のネームバリューの威力なのか。
ほとんどの生徒の保護者が嬉々として見学に訪れていたと後から聞かされて、がっくりと項垂れた過去を持つ直江である。

開催は土曜日。だが、仰木は赴任先から戻ってこれそうにはない。
今年こそはと、高耶以上に楽しみにしていたその前日、長兄から連絡があった。
運動会には照弘も顔を出すという。
『は!?』
思わず絶句してしまった。
『明日は法事がふたつ入っている上に、葬式まで増えそうでな。母さんの身動きが取れない。今年は録画で我慢するから、高耶くんの活躍ぶりをビデオに収めてこいと俺に厳命がきた』
『お母さん、来るつもりだったんですか?』
『こないと思ってたのか?可愛い甥っ子・・・の晴れ舞台なのに?』
可笑しそうに問い掛けられて言葉に詰まる。確かに母の考えそうなことだけれど、それでも。
『じゃ、そういうことで、今晩はそちらにお世話になるからよろしくな。夕飯は済ませて行くから気にせんでくれ』
そして、呆然としている直江をよそに一方的に通話は切れた。


その宵、訪ねてきた長兄はぱりっとしたスーツ姿で。
今日はもともと所用で上京していたのだ、と言った。
「さすかの俺でも宇都宮からわざわざ出向く気にはなれんさ」
ソファにどっかり寛ぎながらそう笑ったけれど。ビデオ撮りのためだけに自分の妻子をうっちゃって帰りを遅らせるのもどうかと思う。そもそもが、自分に一声掛けて頼んでくれればそれで済む話ではないか?
が、そんな心中はとっくに見透かされていたのだろう、不敵に弟を見つめると、照弘は止めの一言を付け加えた。
「それからな、お昼の弁当は姉さんが作って届けてくれるそうだ」
「えっ!、ほんと?冴子さんも来てくれるの?」
丁度麦茶を運んできた高耶が弾んだ声を出した。彼は、この自由闊達な姉のことも春枝同様に慕っているのだ。
「ああ、ほんと。高耶くんの好きなもの、お重に詰めて持っていくって張り切ってたから。楽しみにしておいで」
「はい!じゃあ、オレ、これで失礼します。おやすみなさい」
明日も早い高耶は、ぺこりと頭をさげるとそのままリビングを後にした。
「はい、おやすみ」
「おやすみなさい」
身体はずいぶんと大きくなった。でもその仕草はまだ小さな時の彼を彷彿とさせて。
そんな後ろ姿を目を細めて見送って、やがて照弘は直江に向き合う。
「本当にいい子に育ったな。難しい年頃だし、ひょっとしたら煩がられるんじゃないかと冷や汗ものだったんだが…」
とてもそんな殊勝なことを考えているようには見えなかったが。
「……家族、というものに憬れがあるのかもしれないな」
ぽつりと洩らした言葉に、直江がはっと目を瞠った。
「父親と母親と兄弟たちが揃ってやって来て自分のために声援を送ってくれる。そしてみんなでお昼の弁当を囲む。 俺たちには当たり前だったこんな運動会は、彼には違ってたかもしれない」
「にいさん…」
「一度くらい賑やか過ぎるくらい賑やかな思い出があってもいいだろうというのが、母さんの言い分だ。 肝心の仰木さんがいないのは残念だが、その分俺たちと冴子姉さんがいれば充分華やかな擬似家族だ。丁度年齢もつりあうしな」
最後はおどけた口調で片目を瞑ってみせる。
釣られるように、直江も黙って微笑んだけれど。この晩の照弘との会話を、直江はその後もことあるごとに思い出すようになる。



そして天気も上々の翌日。
高耶は八面六臂の大活躍だった。

各学年単位での競技や演目を縫うようにして、渡されたプログラムには三学年を縦割りにしたクラス単位で競う種目が随所に組まれている。
団結力を煽られるその構成に、選手はもちろんのこと応援にも熱がこもるのは言うまでもなく。
赤、青、黄色、緑に紫、オレンジ。
競技の度にそれぞれのクラスカラーのウチワやボードで染まった生徒席が揺れ、一斉にエールが飛び交うのはなかなか壮観な眺めで、そして、その指揮を取るのが応援委員であったのだ。
高耶は二組、鮮やかなコバルトブルー、だった。
同色のはちまきとたすきとを身につけて、 一段高くしつらえられた壇の上、背筋を伸ばし両足を踏ん張り真っ直ぐに前方を見据える彼の表情は、いつになく厳しい。 上級下級に関係なく、自分が総勢百人のもの人間を束ね率いるのだという気迫がひしひしと伝わってくる。
その緊迫は間違いなく全体に行き渡って、やがて三クラス全員の視線が高耶に集まった。
瞬間、彼の両腕がさっと上がって、水を打ったような静寂はどよもす轟声に取って代る。
水際立って見事な、エールだった。
期せずして父兄席からもどよめきと拍手が湧き上がる。ひそひそと自分の周囲で囁き交わされる高耶への賞賛を、直江は夢の中にいるような思いで聞いていた。

「あああっ!本当に高耶くんってば、かっこいいわねえ。惚れ惚れしちゃう」
黙りこくってしまった直江に代わって声をはりあげたのは姉の冴子で、弁当作りで到着が遅れたのをひどく残念がった。
「ほかにもこんな見せ場があったの?ねえねえ、義明。あんた姉さんにお昼用意させといて自分だけ最初から見てたなんてずるいわよ!」
と、理不尽な八つ当たりをする。
「高耶くんの出番はまだこれからですよ。次の次で二年の全員リレーがある。……ほら、今、席を外したでしょう?これから着替えてすぐに入場門に向うんじゃないかな?」
冷静にフォローを入れるのは照弘で、こちらはこちらで片時もビデオカメラを手放さない。
存在感のある逞しい兄姉に挟まれていいところのない直江だったが、もちろんそんなことは気にもならなかった。


応援リーダーの大任を終えてほっとしたのだろう、トラックの中央一列に並んでリレーの順番を待つ間の高耶はとてもなごんだ表情をしていた。時折、前後のクラスメートとなにやら話しては笑顔をみせている。
が、それもスタートの号砲が鳴り響き、第一走者が走り出すまで。
徐々に口元が引き締まって緊張が高まっていく様子を、そして、ラインに立った時の真剣な瞳やその疾走を。
彼の表情の変化を、逐一、直江はみつめていた。
大きく腕を振り脚は伸びやかに大地を蹴って飛ぶように身体を前へと運んでいく、その走りがとても綺麗だと思った。
たちまちにトラックを半周して次の走者にバトンが渡る。その彼はアンカーの印を帯びていた。 全力を尽くした安堵と、後は後続に勝負を託した祈るような眼差しで、高耶は最終走者の走りを見守る。固唾をのんで大勢の仲間と観客とともに。

もつれた末に一周のデットヒートを制してゴールテープを切ったのは、青のバトンとはちまきだった。
拳を突き上げ歓声をあげて喜びを爆発させる高耶の姿が、しだいにぼやけてかすんで見えた。

「どうだ。やっぱり俺がいて正解だっただろう?」
ぽんと肩を叩かれて、素直に頷く。視線はまだ高耶に向けたまま。
ビデオどころの騒ぎではない。自分が任されていたら、きっと最初の瞬間で我慢できずに撮影自体を放棄していた。 今、目の前にいる、この一瞬一瞬の高耶の姿をファインダー越しに覗くことに耐えられなくて。
何度でも再生の利く映像はとても重宝なツールだけど。
大切な人だからこそ、刹那の時間は自分の眼でこそ見届けたい。五感のすべてで感じ取ったもろともに、懸命に、心に刻み込むように。

時間にすれば、ほんの十秒ほどだったろう。
興奮の余韻を残し再び整列した彼らのもとに一年と三年の生徒も加わって、途切れることなく全員参加のマスゲームが始まる。
これが、午前最後の演目だった。






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予定ではとっくに終わっていた運動会シーン(実は三話目でカタがつくはずだった)
まだお昼にもなってないのはナゼ???

というわけで来年の更新はおせちじゃないけど三段重ねお重のお弁当から(笑)
みなさま、よいお年を<(_ _)>








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