先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。
以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。
Precious ―スクールデイズ 5―
昼の弁当は校庭の一隅、欅の樹のつくる木陰で広げた。 「はい、どうぞ召し上がれ」 「うわあ!」 昨夜の照弘の言葉通り、冴子は風呂敷に包んだ重箱を用意していて、一段ずつ並べるたび現れる料理に 高耶が目を輝かせる。 鳥手羽の甘辛煮。 白身魚のフリッター。 海苔や玉子で綺麗に巻かれた彩りのよい青菜のおひたし。 ブロッコリ、プチトマト。 片隅にタコの形のウインナとひよこを模ったゆで卵のあるのがご愛嬌だ。 二段目には具材も豊富な根菜の煮しめ、 そして最後の段には梅や青シソでアクセントをつけた小ぶりのおむすびがぎっしりと詰められていた。 「いっただきまーす」 嬉々として手を合わせ、早速紙皿に取り分けた手羽肉にかぶりつく。 「おいしい!」 にっこりと笑うさまは、食べ盛りの子どもそのものの表情、見ている大人までしあわせになるような笑顔だった。 高耶につられるように、みなそれぞれが箸をのばして、和やかな昼食がはじまった。 話題は当然、今日の高耶の活躍に集中する。 「たくさん食べて力をつけて頑張ってね、高耶くん午後からの出番は?また応援リーダーとかするの?」 わくわくした口調で冴子が問えば、 口一杯におむすびを頬張って口の利けない高耶が、ふるふると首を振った。 「……オレが壇に上がるのはアレ一回だけ。あとは三年の先輩がいるから。下で一緒に振りはするけど」 慌てて直江の手渡した烏龍茶でようやくご飯を飲み下して答えながら、視線はすでに煮しめのお重に向っている。 「あとね、午後一番のムカデ競走に出るんだ。四人一組。 早めにお昼を切り上げて最後の練習しようって打ち合わせてんだけど……」 そんな予定を言いながら、高耶の箸を動かす手とお喋りはとまらない。 隠し味だの、調味料の分量だの順番だの。 下拵えのことから、飾り切りのちょっとしたコツまで。 なにしろ目の前に見本があるのだ。あれこれと一通りのおかずを食べながら、 久しぶりに会う冴子にここぞとばかり質問をぶつけている。 冴子もまた嬉しげにそれに応えるものだから、いつのまにかふたりはすっかり料理談義で盛り上がってしまって、 直江と照弘は完全に会話から取り残されてしまった。 それを根にもつわけではないのだが、確か高耶は早めに集まるようなことを言ってはいなかったか? 運動会とは無縁なことをいつまでも話し込んでいる場合ではないだろうに。 しだいに気が気ではなくなって、お茶を飲んでいる傍らの兄にこっそりと耳打ちしてみる。 「時間。……大丈夫なんでしょうか?」 「さてな」 楽しげな二人の様子を眺めながらの照弘の返事も実に悠然としたものだ。 「……まあ、多少押していたとしてもだ。おまえ、今の姉さんのお楽しみを邪魔する勇気はあるか?」 逆に問い返されて言葉に詰まる。できればそれは遠慮したい。 さもありなんと照弘が頷いた。 「な?俺だって御免蒙る。…………薮をつつく役目は彼らにしてもらおうじゃないか。どうやらお迎えが来たようだ」 顎をしゃくる方向に目をやれば、高耶の級友らしき少年が三人、待ちかねたらしくこちらに向ってくる。 少し離れた場所で止まり、大人たちに会釈をしながらもせかす声に、高耶がはっと我に返り慌てて腰を浮かせかけたそのとき。 「ちょうどよかったわ。キミたちもちょっとつまんでいってくれない?お弁当、作りすぎちゃって。おばさん困ってたのよ」 絶妙のタイミングでにっこり冴子が微笑んだ。 その迫力に、歳若い彼らが逆らえるわけもなく。 引き寄せられるようにおずおずとシートにあがりこむ。中腰だった高耶もまたすとんと座り込み、 少年たちに素早く場所を譲った照弘が箸や皿を配って、 お弁当を囲む車座はたちまち倍の人数にふくれあがった。 はじめは彼らもお義理に口をつけただけですますつもりだったに違いない、と直江は思う。 自分たちの食事はもう終わっていて、別にすきっ腹を抱えているわけではないのだから。 が、最初の一口を食べたとたん、彼らの眼の色がはっきり変わった。 うまい!おいしい!!と、わらわらと手が伸びて、半分ほど残っていたお重の中味はみるまに減っていった。 そこに照弘の巧みな話術も加わって、さらに場が打ち解けたものになり会話が弾んでいく。こうなってしまえば、もう、誰も無粋な練習のことを言い出す者はなく。 飲み物と一緒に保冷していたデザートまで振舞って、すっかり満足した彼らが御馳走様でしたと席を立ったのは、昼休みも終了間際。 ばたばたと集合場所に駆け出していく高耶たちを見送りながら、ぼそりと言う。 「どうするんです?練習時間つぶしちゃいましたよ。本番で慌てなきゃいいけど」 直江の控えめなその抗議を、冴子はあっさり受け流した。 「ムカデ競走に必要なのは瞬発力と仲間との呼吸の合わせ方でしょ?付け焼刃の練習なんかより同じ釜の飯食べた一体感の方がずっと効果的だわ」 「なるほど、それも一理あるな…」 他人事のように照弘が感心する。 「それにしても、若い子の食べっぷりってやっぱり見ていて気持ちいいわねえ。来年は四段重ねにしようかしら?」 トマトのヘタしか残っていないお重を片付けながら、夢見る表情で冴子が言った。 「姉さん……」 その言葉に、直江ががっくりと肩を落す。 来年もまた来るつもりなのか?とは、この姉の前では口が裂けても言えないのだった。 果たして冴子の言う「同じ釜の飯」効果なのか。 程なく始まった障害物競走で、高耶たちは見事に一位でゴールに駆け込み、満座の喝采を浴びた。 綱引き、そして花形の全学年クラス対抗選抜リレーと、次々にプログラムが消化されていく。 応援のエールはひっきりなしでも、もう、高耶が壇上に上ることはなく。 それでもわずかに覗く頭や手の振りを、直江はひたすらに見つめていた。 すべての種目が終わった閉会式。 二組は総合二位という結果に終わったけれど、注目度はナンバーワンだったよな。と、冷静に照弘が総括して。 高耶の運動会は、無事、終了したのだった。 すぐに夏休みがやって来る。 講習やらプールやら。 七月いっぱいをこちらで過ごした後、残る一ヶ月近くの期間、高耶は父親の暮す赴任地へ帰省する予定になっている。 直江にとって、長い夏が始まろうとしていた。 |