はじめに


先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。






Precious ―スクールデイズ 6―




離れていた百日ちょっと、それを埋め合わせるように、高耶は休みの半分以上を父親のもとで暮らした。
今までとは逆のパターン、寂しくないといったら嘘になる。
それでも、自身の仕事と実家の手伝いに追われるうちに日々は流れていく。
盂蘭盆の忙しさも落ち着いた八月の終り、橘の家で合流した後、高耶は直江とともに家に戻ってきた。
山のようなお土産と、もとの生活に戻る高揚と、自由を満喫した夏休みへの少しばかりの未練と一緒に。


そして、災難は、休み明けにやってきた。

「オレ、メイドのコスプレすることになった」
帰宅早々、キッチンから顔だけ出して迎えた高耶の言葉に、一瞬、頭の中が真っ白になった。
「今、なんて?」
「だから、メイドさん。スカートはいてフリルのエプロンつけて、珈琲とかケーキとか運ぶらしい」
「た、高耶さん?!」
「もう決定事項なんだと。くっそ〜。夏休み中に話が進んでいたらしいんだ。とにかく、これからご飯つくるからっ!詳しいことはまた後で」
仏頂面でそう言って姿の消えたドアの向こうからは、だだだだっとものすごい勢いで包丁を扱う音がする。
さわらぬ神に祟りなし。
不機嫌を如実にあらわしているその気配に、直江はひとまずそれ以上の追求を諦め、すごすごと自室に引っ込んだ。

メイドというと、アレだろうか。着替えながら直江は自問自答する。
どこぞのメディアで見かけるようなふりふりふわふわのピンクの砂糖菓子のようなミニドレスを 彼が纏うというのだろうか?
ペチコートの下から伸びるすんなりとした脚がほわんと脳裡に浮びかけ、慌ててぶるぶると首を振る。
恐ろしいほど蠱惑的な眺めだが、断じてそれは高耶のキャラではない。 これ以上の想像は彼に対する冒涜というものだ。
それにしても、と、再び思考は振り出しに戻る。
一体なんで彼がメイドなんだ?
オアズケを喰らった犬の気分で待つことしばし。 ようやく焦燥が解消されたのは、一時間後、夕飯の席でだった。

その日のメニュウは餃子だった。
春枝直伝、皮から手作りするというこだわりの一品である。
大量の野菜を刻み、練り粉のかたまりをびしばしとこね板に叩きつけるうちに、 高耶の鬱屈も少しは晴れたようで、 いつも通りの態度で茶碗にご飯をよそってくれる。
おまけにできあがった餃子はとびきり美味しかったから、自然と食卓は和やかなものとなった。

「で?」
「うん」
話題を振られるのは覚悟していたのだろう。高耶は訥々と説明しだした。
「高等部の学祭にさ、中等部でも有志が参加できるの知ってる?」
頷きながら、ようやく話の道すじが見えた気がした。そんな直江の表情を読んでか、ため息をつきながらいきなり高耶が話をくくる。
「つまり、そういうことなんだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
そうして二人は無言で麦茶のコップに手を伸ばした。

問題の学園祭は、すでに去年、見学している。
高校生にしてはずいぶんと可愛らしい子が模擬店の客引きをしていたのが不思議で、それとなく高耶に訊くと、 後学のため、中等部でも有志は参加出来るという話をしてくれたのだ。
もっとも、と、苦笑しながら高耶は続けた。

『タテマエは自由参加なんだけど。いろいろシガラミあって先輩から指名がきたらまず断れないんだって。部活や生徒会で目立つやつは大変だよな〜』

どのクラブにも所属せず、顔も売れていなかった一年生の頃は、まだまだ他人事だった。
が、今年は高耶にもお鉢がまわってきたということらしい。
あいにくと心当たりはばっちりある。
「あの運動会……ですか?」
「そうみてぇ…」
がくりと肩を落として高耶が言う。
「応援委員の先輩のさ、そのまた部活の先輩が打診してきて。でも、部の模擬店じゃなくて、 高三のクラス有志で開く喫茶のマスコットとして参加して欲しいって。 もうオレのイメージで衣装とかデザインされてて。布地も購入済みだっていわれちゃ、さすがに……」
お手上げだとばかりに天を仰ぐ高耶とは別に、 それはずいぶんと回りくどいコネを活用したものだと、直江はこっそり息を吐く。
言い換えれば相手方はそれだけ高耶に執着していたのであろうし、彼を望んだ団体が一組だけとも限らない。 休み中、彼を巡る水面下での争奪戦はかなり熾烈なものがあったのではないだろうか。
まあ、休み直前、あれだけの華を見せつけたのでは無理もないが。
年下の『マスコット』探しに躍起になっている高校生にすれば、あの時の高耶は光り輝くような極上の素材に見えたに違いない。
誇らしいような悔しいような、直江としてはいささかフクザツな思いである。

「訊くのも申しわけないようなんですが。メイドさんとしてどんな格好させられるかは確認してみたんですか?」
うん。と高耶は頷く。
「黒が基調で、決して露出は多くないからそこは安心してくれって。っていわれたってなあ。 男のオレがスカート穿く時点で充分悪趣味だとおもわねえ?」
それは衣装による、と、直江は思う。本人に自覚はないが、まだ成長途中の若木のような彼のこと、 女の子の服も案外似合ってしまうのではないだろうか。
「まさかとは思うんですが、その、下着も女性用のをつけたりとか?」
胸に詰め物でもして、見かけだけでも女性体のシルエットをつくるのだろうか?と、思わず口を衝いた疑問に、 高耶はぎょっとしたように目を見開いた。
「それは絶対にヤダ。明日、門脇さんに談判してくる!」
「そのカドワキさんというのは?」
「今回の黒幕」
「は?」
「……じゃないかなあと、オレが勝手に思っている、模擬店メンバーの代表で衣装も担当するヒト。大人っぽくてすっごい綺麗なおねえさんで。 オレに仮装させるより、門脇さんがメイドさんやればいいんだよ。絶対その方が売り上げ伸びると思うけどな。平成高のマドンナなんだし。 なのに、なんでわざわざオレなんだろ?」
鋭い洞察かと思いきや、最後はすでにぼやきである。
だが、まがりなりにも女性を褒めちぎっている形容の数々に、直江は心中穏やかではない。 おそるおそる突っ込んでみる。
「そんなに綺麗なひと?」
「うん。とっても。フランス人形みたいな八頭身美人。でもすごくきびきびしててかっこいいひと」
ますます聞き捨てならない台詞をさらりと口にして、ふと、高耶は真顔で考え込んだ。
「……ちょっと、冴子さんに似てるかもしれない……。その、雰囲気が」
「なるほど。それは確かに強敵ですね」
姉を思い浮かべて、直江の顔も真剣になった。
言葉じりを捕まえてつまらぬ妬心を起している場合ではない。 どうやら高耶はとんでもない女傑に見込まれてしまったらしいことだけはよく解った。向こうの理不尽な欲求は、断固、彼に拒否してもらわねば。
そんな思いで熱っぽく高耶を見つめ、その手を握り締める。
「がんばってくださいね。高耶さん。私も応援しますから」
「え?あ…、うん。まあ、直江がそういうなら……頑張ってみる」
まさか姐御肌の見目麗しいマドンナを仮想敵国に定めたとは知らず、妙に気合の入った直江の様子に気圧されて、 これはやっぱり自分が道化になるしかないのかと、これまた悲壮な覚悟を固めた高耶だった。









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メイド編(おい)再開です。 成り行きで綾子ねーさん登場。
なにげに冴子さんとキャラ被る気がするのは私だけでしょうか…?
直江のためならしょーがない。女装してやるよと、勘違いしつつけなげな高耶さんです(笑)
愛されてるね。直江。








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