はじめに


先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。






Precious ―スクールデイズ 7―




まったくとんでもない厄日だった。

まだまだ夏休みの余韻を引きずっていた登校初日の昼休み、いきなり応援委員の先輩から呼び出しをくらった。
何事かと緊張しながら廊下にでてみれば、そのまま脱兎の勢いで隣接する高等部まで連れて行かれる。
休み中の所在がどうとか柔道部の先輩がどうとか、道々、早口で聞かされた要領を得ない説明でますます混乱したところに、 校舎の裏手、待ち構えていたその初対面の強面の先輩にがばっと頭を下げられた。
秋に行なわれる学園祭の助っ人をして欲しいという。
しどろもどろでいるうちに気がついたら言質を取られ、放課後には、訳のわからぬままその模擬店の代表に引き会わされた。

門脇綾子と名乗ったそのひとは、思わず高耶も見惚れてしまうぐらいの文句なしの美人だったが、性格は、見た目をかなり裏切るらしい。
目線一つで付き添ってきた男二人を追い払い、まるで値踏みするように高耶の全身を眺め渡すと、にっこり笑ってこう言ったのだ。

「キミなら大丈夫、bPの売れっ子になれるわ。一緒に喫茶『ミラージュ』を成功させようね。仰木高耶くん!早速だけど、衣装の打ち合わせしたいの。採寸したいんだけど、いい?」

いや、困る。まだ心の準備が出来ていない。
そうは思ったのだが、すでに相手は聞く耳持たずにメジャーをしゃきんと取り出している。
観念して上着を脱いだ高耶のシャツ越し、肩幅や胸囲や胴囲を綾子は手際よく測っていく。
もちろんおしゃべりも止まらない。
喫茶をひらくに当たってのコンセプトや、それに伴うコスプレ接客要員や、高耶に目を付けたその経緯まで滔々と話してくれたから、 あえて質問するまでもなく高耶の疑問はあらかた氷解したのだが。
だからといって、はいそうですかと、素直に協力する気にはとてもなれなくて。
とりあえず、この場を離れよう。ひとりになってよく考えたい。
その一心で、自分が夕飯の仕度をしなければならない家庭の事情を少しばかりおおげさに説明して解放された(もちろん、翌日のアポはしっかり取られた)帰り道、 ようやく実感がこの緊急事態に追いついてきた。

(ほんとにオレ、メイドのカッコすんの?)
まず湧き上がってきたのは、すでに決定事項になっているらしい、最大にして最悪の、この一事。
夢ならば醒めてくれ。
そう念じてはみたものの、それが無意味な逃避に過ぎないことは自分が一番よく知っている。
あいにく綾子のインパクトはユメマボロシで片付けるのには強烈過ぎるのだ。 その彼女がここまで乗り気でいる以上、まず逃れるすべはない。

避けられない現実をきっちり認識して、重たいためいきをひとつ。
やがて、諦念と一緒にじわじわと後ろ向きな感情が頭をもたげてきた。
なにもかもが気に食わない。
謀略めいた勧誘のやり方もそうだし女装することもそうだ。
悔しいし、恥かしいし、腹立たしくて仕方がない。
そんな思いがぐつぐつと煮えたぎってどうにかなってしまいそうだったから。

帰ってくるなりの直江に不快をぶつけて、あとは台所にこもった。
八つ当たりのように白菜をみじんに刻み、搾り、小麦粉を捏ねているうちに、少しだけ溜飲が下がり 気持ちに余裕が出てくると、力の入れすぎで肩で息をしている自分の姿が可笑しくもなった。

練り粉を均等に切り分け丁寧に伸ばして皮生地をつくり具材を包む。
無心になれる指先での作業をするうちに、ささくれだった心が凪いでくるのがわかった。

今さら断れないのは自明のこと。 だとしたら、気に染まないことでもやってやるしかないじゃないか。まあ、裸になれと言われたわけじゃなし。
いつのまにか、そんなふうに開き直った自分がいた。


そうして差し向かいで座った食卓で。
目の前には、先ほどの中途半端な捨て台詞に心乱され、心配そうに見つめてくる大好きな保護者がいて。
そんな彼に、ふと、拗ねて甘えてみたくなったのだ。

弱音を吐いて、愚痴ってみせて。
そしたら、直江はきっと自分と同じように驚いたり憤慨したりしてくれて。
でも、最後には包みこむような笑顔で大丈夫だと、きっと、背中を押してくれる。
そう思ったのだが。

直江の反応は高耶の想像と少し違って、妙に真剣な目で激励してくる。

ひょっとして、直江ってメイド姿が好きだったりするのだろうか?
(今まで寡聞にして知らなかったが)
自分みたいな男の仮装でも、楽しみにしてくれるのだろうか?
(少なくとも呆れられたりすることはなさそうだ)
ならば、不本意だけど。気が進まないけど。
直江が喜ぶことなら仕方がない。恥を偲んでメイドになって学園祭に参加してみるか。

会話の論点が微妙に擦れ違っていたことに気づかないまま、直江の意図するところとは逆の方向で心を固めてしまった高耶なのだった。







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前ページの勘違い部分が解りにくいかも?と高耶さんサイドで少し補足したらば。
なんか、高耶さんも、直江も びみょーに性格変わってきてる気がする。。。(ーー;)
まあ、こういうノリが私の地の部分でもあるので。
お気に障ったらごめんなさい。m(__)m







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