先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。
以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。
Precious ―スクールデイズ 9―
「なあ、直江は、フェアトレードって知ってる?」 くすんだ瞳をあげて高耶が言った。唐突な問いに、首を傾げて直江はしばらく考える。 「直訳すれば、公正な取引ですね。前に新聞で読んだ気がします。 確か、珈琲豆に関するコラムで。不安定で弱い立場にいる生産者の自立を促すために適正な代価を支払おうと、そういう趣旨だったような……」 記憶をたどりながら答えた直江に、高耶は曖昧に頷くと、はあ、とため息をついた。 「オレは全然知らなかった。そんなふうに途上国で安く買い叩かれているのは、珈琲だけじゃなくてカカオもなんだって。一生懸命働いても貧乏から抜け出せなくて、その子どもたちも学校行かずに農園で働いて。そうして収穫された原料から 作られたチョコがここじゃスーパーに山のように並んでて。それを当たり前に買って今まで食べてたんだと思ったら、なんか、もう……」 元気のないのはそのせいだったのか、と思う。 モノと平和に恵まれたこの国では、 陳列棚の商品ひとつにそんな背景があるなんて知らなくても充分暮らしていける。例え知ったとしても、むしろ見てみぬふりをするのではないか。 どこか遠い国のこと、不幸な他人事と割り切って。 そして自分もおそらくはその一人だ。束の間感じるこの心の痛みをきっとすぐ忘れてしまう。 けれど。 高耶はどうだろう? まだ奴隷同然の境遇にあまんじねばならない人たちが同じ世界に今もいることを知って。こんなにショックを受けている彼は? 「……だからさ」 項垂れたまま、高耶はぼそりと呟いた。 「何をどうすればいいのかなんて、オレには難しすぎて解んないけど。でも出来ることからやっていこうって。 まずは、このフェアトレードって言葉をもっとみんなに理解してもらうことも必要じゃないかって、ねーさんが言うんだ。 だから今度の学祭で、フェアトレードの珈琲とチョコを紹介する喫茶店を出店することにしたんだって」 ただのお祭騒ぎではなかったらしい。直江は少しだけ綾子に対する認識を改める。 「ねーさん、茶道部所属なんだ。一年二年のときは部の切り盛りだけで手一杯だったから、 楽隠居できる三年になってやっと好きなことできるって張り切ってた」 意外、だった。 「その、門脇さんは、以前からそういう活動に興味を持ってたんでしょうか?」 「ねーさんの好きな人、今、海外協力隊でアフリカ行ってるんだって」 「そうですか……」 すべて、とは言わないけれど、あらかたの不審が溶けた気がした。 好きな人と同じ場所に立っていたい、同じ夢を見ていたい、 そんな気持ちは直江にとっても身近なものだったから。 彼女は彼女なりに、とても真剣なのだ。きっと。 「でも、コスプレ喫茶なんですよね……」 「なんだよなあ……」 ふたり揃ってため息をつく。そして、高耶は内緒話を打ち明ける口調で付け足した。 「元々模擬店の売り上げってさ、経費差し引いた利益は、全額寄付が原則なんだって。 この喫茶は仕入れにお金かかるし安く提供するから儲けはあんまり期待できないんだけど。 でも寄付の額が少ないのはねーさんのプライドが許さないみたいで」 そりゃそうだろうと、こっそりと直江は苦笑する。 国際援助とその啓蒙を謳った珈琲喫茶の募金総額が、オバケ屋敷や焼きソバ屋台に負けたのでは洒落にもならない赤っ恥だ。 「そんで考えた増収手段が、写真撮影会」 「……はい?今なんて言いました?」 突っ込みなんかいれていたせいで、一瞬、聞き違えたのかと思った。シャシンサツエイカイ? 「撮影会……て聞えたんですけど、まさか……」 おそるおそる問い返す直江に、重々しく高耶が頷く。 「一口五百円以上、何口でも。コスプレしているスタッフが、専用ボトルに寄付してくれたお客さんと一緒に、記念写真に収まるんだって」 眩暈がした。 店内はカメラやビデオの類は持ち込み禁止にするという。 もちろんただ撮り盗み撮りを防ぐためだが、携帯まで受け付け預りにするのにはかなりの悶着があるかもしれない。 そこで綾子の考え出したのが中学生マスコットの投入だった。 同じ校内でなら馴れ合いで絡んでくるような連中も、年下の部外者がいる前では多少なりともおとなしくなるだろうし。 なによりこちらには肖像権の保護という大義名分があるのだから、ごねられてもすごまれても毅然とした態度で突っぱねることができる。 おまけに、そのためにコネを駆使して獲得した人材はとびきりの上玉だったから、まさに一石二鳥よねと、綾子は笑いが止まらない様子だったという。 ネコの思い出話や自身の初恋から、ついには現代社会における不条理まで。 綾子の語るさまざまな話題につきあって、いささか飽和状態の放課後の高耶なのだった。 「あこぎ……じゃなくて、かなりの策士なんですね。門脇さんって」 「直江もそう思う?」 力なく高耶が笑う。 「中学生の助っ人はオレだけだけど。他にも新任の副担の先生にギャルソンしてもらって、茶道部の後輩にも着物のまま交代で顔出ししてもらって、 ねーさんは、アオザイ着るんだって。 チャイナドレスも捨てがたいけど、質実剛健のここの校風じゃ無理があるからって。 ……なあ、ところでアオザイってどんな服?オレ、初めて聞くんだけど」 「はあ……。ベトナムの民族衣装なんですけど……。でも本当に門脇さんってすごいひとみたいですねえ…」 企画力も行動力も、身体のラインがきれいに浮き出る衣装を自ら着ようというその自信も。 でも。 「成功するといいですね」 「うん!頑張る!」 心の澱を吐き出してすっきりしたのだろうか、高耶が吹っ切れた笑顔になる。 直江も、なにやら祈りたいような気分になった。 |