はじめに


先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。






Precious ―ターン 4―



昼間の譲の言葉。そしてようやく見出した時の高耶の様子。
ばらばらだったパズルの破片が繋がるように、 漫然とした不安が一気にひとつの形を為す。考えたくもない、ある可能性に。

それが杞憂であればいいと願いながら、直江は慎重に言葉を選んで高耶に問うた。
「実は譲さんにも電話してみたんです。あなたの携帯が通じなかったから。そのとき譲さんは、あなたは先輩に呼び出されたって言ってました。 その先輩って高等部の人だったんですね。いったい誰と会っていたの?門脇さん?」

ソファの隅、ますます身を竦めるようにして高耶が小さくかぶりを振った。その仕草に直江も打ちのめされる思いがした。
「名前は…忘れた…けど応援委員の先輩の……」
「そのまた先輩?そんなに親しくない人に呼び出されたの?」
俯いている高耶の表情がくしゃりと歪むのが解った。それでも、問い詰めずにはいられなかった。 長い沈黙が続いて、やがて、高耶は振り絞るように言葉を紡いだ。

「…………好きだって言われた。ほかにも、いろいろ。でも、オレ、何を言われてるのかよくわかんなくて。そしたら急にその先輩が飛びついてきて、すごく、怖かった」

しん、と、心が冷える気がした。なのに、口は勝手に動いている。
「じゃあ、転んだのはそのときなんですね?」
こくりと高耶は頷いた。
「もみあううちに相手を突き飛ばしてた。でも、弾みでオレもふっとんじゃって。 足をおかしくしたのは解ったけど、痛みにかまってられなかった。……夢中で走った。後ろなんか振り向けなかった」

そうして彼は一目散に此処に逃げ帰ったのだ。
自分の部屋に隠れるみたいにして、混乱したまま、じっと痛みに耐えていた。
それはきっと悪夢のような時間だったろう。 彼はなにも悪くはないのに。

「……すみませんでした」
改めて自分の迂闊さに歯噛みする。
あのとき、彼の様子がおかしいのには気づいていたのに。傷を負ったショックと痛みの所為だと思い込み、医者に診せねばと気ばかりが急いていた。

「車に連れて行こうといきなりあなたを抱き上げたりして。……本当は私に触れられるのも嫌だったでしょう?」
今ならば合点がいく。あのときのうろたえきった高耶の悲鳴も。抗うように全身を固く強張らせていたあの反応も。
自分に他意はなくああする以外の手段がなかったのだとしても、 彼には昼間の悪夢をなぞる行為でしかなかったろう。

可哀想なことをしてしまったと悔やむ直江に、高耶は、思いがけないほどの力強さで再びかぶりを振った。
「……怖くなんてなかったよ。そりゃ、最初はちょっと吃驚したけどさ。でも、直江だから平気」
そう言い切る高耶は、いつのまにか顔をあげ、真っ直ぐに直江を見つめている。
嘘を言わない黒曜の瞳。自分に向けられる無条件の信頼。
その視線に微かな痛みをおぼえながら直江は微笑み、おもむろに話題を変えた。

「今日はもう疲れたでしょう。そろそろ横になってやすんだ方がいいですね」
「うん」
高耶は素直に頷いて、ソファの脇に立てかけてあった杖を取ろうと身体をひねる。
まだおぼつかないその動きに、直江がすぐさま手を貸した。
「大丈夫ですか?部屋まで運んであげましょうか?」
「いらない」
今度の返事はそっけないほどあからさまな拒否。
「少し扱いに慣れなくちゃ、ひとりでトイレにも行けないし。それに」
暫しの奮闘の後、ようやく杖を腋下にたばさんで立ち上がった高耶は、恨めしそうに直江を見上げた。
「確かに怖くはなかったけどっ!でも、すっごく恥かしかったんだからな。あんなカッコ、ひとに見られんの」
「おや、それはすみませんでした」
うっかり靴を持って出るのを忘れてしまって、行きはともかく帰りもずっと直江に抱えて運ばれたのが、高耶にとってはかなりの不覚らしい。
この年頃では無理もないと思いながらも、思い出したように赤くなる高耶が可愛くて直江は微笑を禁じえない。 彼らしさが戻ってきたことにも安堵しながら、雛を見守る親鳥よろしく付き従って自室に戻るのを見届ける。
「おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」
いつも通りのお休みの挨拶をかわして、直江は静かにドアを閉める。

そうして隔てられたドアの内外で、ふたりは、互いに相手に気取られないよう、押し殺した息をついた。






戻る/続く



直江、あやまりどころが違うだろ?という気がしないでもなく…。
高耶さん言えなくて、直江も訊けなかったので私が代わりに言っときます(おい)
高耶さんのセクハラ被害は抱きつき以上キス未遂ということで。
いやそれ以上だったら八つ裂きにするって。絶対。








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