はじめに


先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。






Precious ―ターン 5―



高耶には決して見せなかった厳しい表情でリビングに戻った直江がまずしたのは、綾子に連絡を取ることだった。 彼の身に降りかかった災厄の原因があの扮装にあることは、火を見るより明らかだったからだ。

あの時は、高耶の可愛らしいメイドぶりにただただ眼を細めていた。
高耶自身もそして周囲も、わいわいと盛り上がりお祭り気分を楽しんだ、とても有意義な一日だったのに。
そのしっぺ返しがこんな形で彼に跳ね返ってこようとは。
苦々しい思いとともに、直江はたった二月前の学園祭を思い返す。
きらきらした宝石のような思い出に、一瞬にして汚泥を浴びせられた気分だった。

それは綾子も同様だったろう。
いつもの闊達な調子で電話に出た綾子は、直江の話が進むにつれて黙り込み、やがて、真摯な口調で、一言、申し訳ありませんと、謝ってきた。
責めているわけではないのだ、と、直江が返す。
もう過ぎてしまった過去は変えられない。不特定多数の眼に焼き付けてしまった幻の姿もだ。
けれど、これ以上高耶が不愉快な目に遭わないように対策を講じることは出来る。 そのために、是非とも力を貸してほしいと請う直江に救われたように綾子は応じ、後は詳細な打ち合わせに移っていった。



一方の高耶も、もぐりこんだベッドの中で重苦しいため息をついていた。
朝の時間に慌しく受け取った先輩からの伝言。
この時期にいったい何の用が?と少々不思議に思ったのは事実だ。 でも、その不審もテスト終了の高揚感に紛れてしまって、軽い気持ちでクラスメートと別れ、一人、校舎の裏手に向かった。
なにしろ今日は直江と食事に出かけるんだから。 その本日のメインイベントのためにも、その他の用事はさっさと済ませてしまいたかったのだ。

待ち受けていたのは、顔だけは見知っている上級生。学祭で何度か顔を合わせていて、 たとえば廊下で擦れ違ったら会釈だけは交わすような、そんな程度の知りあいだった。
その彼が、妙に思いつめた口調で、好きだと自分に打ち明けてくる。

あまりの事態に頭が真っ白になった。
相手はいかつい体格の高校生だ。でも自分だって、少し小柄とはいえ、同じ学生服を着た、どこから見ても立派な男子中学生のはずなのに。
その男の自分が、なぜ、同じ男から告白されなきゃならないのだろう?
そんな疑問が頭の中をぐるぐるまわって、さっぱり考えがまとまらない。
答えることも、動くことさえ出来ずに、ただぽかんと突っ立っていた。

そんな自分の態度に焦れたのか、或いは勝手に脈ありと思い込んだのか。
突然ずいっと距離を詰められて視界が暗く翳った。はっと思ったときにはすでに相手に抱きすくめられていた。
初めて、恐怖を感じた。
その相手はものも言わずに顔を自分に近づけてくる。
生温かいような息がかかって、反射的に顔を背けた。頬を掠っていった唇の感触が、ひどく不快だった。
冗談ではない。こんなヤツとキスするなんて絶対嫌だ。
無茶苦茶に暴れた。やみくもに振り回していた腕がたぶん相手の急所にあたりでもしたのだろう、不意に拘束が解け、自由になって―――、 でも、そう思ったときにはすでに高耶の身体は地べたに投げ出されていたのだ。その瞬間、足首に激痛が走っていた。

足を引きずりながら、夢中で逃げ帰った。
起こったことすべてが現実とは思えなくて、悪い夢のなかにいるようだった。
辛いし、悔しいし、腹が立つ。
けれど、心の中に溜め込んだまま、泣くことも喚くこともできずに、ただ蹲っていた。

直江が呼んでくれるまで。

その直江が有無を言わさずのしかかってきたときは、さすがに身体が強張ったけど、 その緊張もすぐに解けていった。
直江の温かさも広さも匂いも。自分にはすでに馴染みのものだったから。
この腕は絶対自分を傷つけないし、無理強いしたりしない。それを知っているから。

直江にだったらキスされてもかまわないのに―――とろとろと眠りに誘われながらぼんやりと考えて、不意に高耶は我に返った。 そして、何気なく辿った自分の連想に愕然とする。
今日みたいな思いは二度と御免だ。 同じ男にあんなふうに触れられるのは虫酸が走る。
でも、もしそれが直江だったとしたら、 同じ行為を拒まないで受け入れるだろう自分に、突然気がついたのだ。

これって直江を『好き』だってこと?

一足飛びの結論に、眠気は吹っ飛んでばくばくと心臓が早鐘をうち始める。
小さな頃から当たり前のように傍にいた存在だった。 大好きで大好きで、その気持ちは一度離れて再会してからも変わらなくて。 父親よりも彼のもとに居残ることを選ぶほどに別れがたくて。 そんな我儘も笑いながら許してくれる優しい自慢の『お兄さん』だった。
そう思っていた。ずっと。
でも。
家族以上の想い、異性に対するものと同じ感情を高耶が直江に抱いていると知ったら。
直江はどう思うだろう?
嫌悪に顔を歪めるかもしれない。ちょうど昼間の自分がそうだったように。
直江に嫌われるのだけは、絶対に嫌だ―――

思いがけなく引きずり出された自覚に惑って、思考はぐるぐると空回りする。
その夜の高耶は、眠りに見放されたまま、ため息と寝返りばかりを繰り返していた。






戻る/続く



いや直江は赤飯炊くと思うよ高耶さん。。。







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