先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。
以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。
Precious ―きよみず 2―
逐一経過は知らせていたものの、やはり自分の目で確かめないことには不安だったのだろう、
冬休みに入った初日にはもう仰木が高耶を迎えに来て、慌しく赴任先へ連れ帰った。 「それじゃ元気で。またな」 「高耶さんも」 くどいぐらいに丁寧に謝意を表す父親とは対照的にあっさりと別れを告げる高耶を見送る。 その後は何をする気にもなれず、直江はしばらくソファに座り込んだままだった。 またな、と、彼は言った。 それでは彼は帰ってくるのだ。休みの終る二週間後には、再び此処に。 けれど、本当にそうだろうか。 こんなアクシデントがあった今、やはり親子別居は不自然なことだと仰木は考えているかもしれない。 もう高耶を手放さず自分の許から最寄の学校に通わせると言い出したら。 それを引き止める術は自分はもちろん高耶にだってない。 そして。 もしも真剣に高耶の将来を思うのだったら。 むしろ自分こそが身を引くべきなのかもしれない。 それこそ転勤でも転職でもなんでもいい。此処に住み続けられないもっともらしい理由を作るだけで、学校に通うための高耶の下宿は不可能になる。 そうだ。今なら、まだ間に合う。 まだ彼が慕ってくれているうちに。今まで彼と培ってきたものを決定的に壊す愚挙をしでかす前に。 がらんとした寒々しいリビングで虚空を見据えたまま、直江の思考はどんどん小昏い迷路にはまりこんでいった。 数日遅れで直江も年末年始の休暇に入る。 毎年憂鬱な実家の手伝いが、これほどありがたいと思ったことは今までなかった。 何を考える暇もなく次から次へとやってくる雑用に没頭しているうちに年が暮れ、新しい年が明ける。 沈む気分とはうらはら、華やぎに満ちた三が日が穏やかに過ぎ、やがて忙しない日常へと日々は流れる。 瞬く間に休みは終って、高耶の戻る日になった。 予め、身ひとつで昼の電車に乗るから心配は要らないと言われていた。 その言葉通り、いつもの時間に帰宅すれば、玄関に入るなりふわりと人の気配がして。 それが、嬉しくて苦しかった。 まだ自分の心は定まらない。 いったいどんなふうに彼に接すればいいのだろう。 そんな逡巡も実際に高耶の顔をみるまで。 「おかえり。……それと、ただいま」 そう屈託なく言われて。まるでこの身にまとわりついていた不快な霧が払われたように思えた。 「ただいま。高耶さんも。おかえりなさい」 まだ少し動作はぎこちないが、ソファから立ち上がって高耶が笑いかけてくる。 「夕飯、ありあわせだけど作っておいた。食べる?」 「ありがとう。…いただきます」 「ん、わかった。じゃ、直江、着替えてきて」 そう言って彼が消えたキッチンを、直江は呆けたようにみつめていた。 これは幸福な夢なのだろうか。 それともこの一月の出来事の方が悪い夢だったのか。 ついそんな感慨が浮ぶほど、食事のあいだ中、高耶の態度は自然だった。 或いは、久しぶりの仰木との水入らずの暮らしが彼の精神的ショックを癒したのだろうか。 だったら、なおさら、高耶を父親の許に返すべきかもしれない。 一度は消えたはずの不安がまたじわじわと侵蝕してくる。 そしてそんな直江の心中は、高耶にも察せられたのだろう。 食事が済み後片付けを終え、持参した土産の菓子で一服しようという時になって、不意に高耶は真顔になった。 「なあ、直江。正直に答えてくれる?」 それまで息を吹きかけて冷ましていた湯飲みを両の掌で包みながら、視線だけを真っ直ぐにあげて。 「オレがいたら、迷惑?もう、いなくなった方がいい?」 |