はじめに


先日、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続きというか前振りというか背景というか・・・。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。










Precious ―笑顔の功罪 2―




魂を何処かに置き忘れてきたような子どもだった。

歳が離れて授かった末の息子は、柔らかな薄茶の髪や整った目鼻立ちでまさしくお人形のように可愛らしかったけれど、その、人形のように感情をあらわさない硝子の瞳や起伏に乏しい表情が、育てる側を不安にさせた。

長じるにしたがってそれは顕著になっていった。
子どもらしい好奇心が外へ向かない。
言葉も発せず、日がな一日ただぽつねんと座敷に座り込んでいる。
虚ろに見開いた瞳にはいったい何が映っているのか、内へ内へと凝るような色をしていた。



あちこちの専門医を訪ね歩き、最後にたどり着いたのは、庵を結んで隠棲したひとりの老僧のもとだった。
常人には見えないものが視えるらしいとの密やかな評判通り、老僧は、子どもを見るなり、前世の念に縛られていると看破した。
本来なら身も心もまっさらになって宿るはずの器に、魂が、浄化しきれない想いを抱えたまま生まれ落ちてしまったのだろうと。

そのまま、座敷にこもること半日あまり。
呼ばれた気配に障子を引き開けてみれば、子どもは疲れはてたように倒れ臥し、その小さな身体に、ふわりと香の漂う夏衣がかけられていた。
傍らに端座する老僧の面にも、憔悴の色が色濃く浮んでいた。

封じの名前を与えたと、僧は告げた。
これでこの子は想いに引きずられることなく新しい生に踏み出せるはずと。
ただし、それは、言わば半魂を封じて得られる生。大過なく過ごせたとしても本来在るべき大成はないとも。

それでもいいと、春枝は応えた。
たとえ半分だとしても。この子が笑えるようになるのなら、と。
生きながらに死んでいくような今の状態よりは、ずっと。

そう言って、薄衣ごと我が子を抱きしめる彼女に、老僧は微笑みながらさらに続けた。

封じの名は、いつか護りの名に転じる。
もしも彼自身が自らその名を許す誰かが現れたら、そのときは見守ってやりなされ――と。
その相手こそが彼の前世からの待ち人なのだから、と。

その言葉に嘘はなく、やがて昏睡から目覚めた子どもは「義明」であることを受け入れ、家族を受け入れ、少しずつ世界と和解していった。
他人と距離を保つその性癖は変わらず。
少しでも興味を引こうと、茶飲み話に語る世間の機微のあれこれは、大概きれいに黙殺されてしまったけれど。

それでも息子は人並みに大きくなり、手をかける必要も無くなってほっと胸を撫で下ろした頃、春枝は思いがけないものの口からその名を聞いた。
あれから程なく没してしまった老僧以外、誰も知りようのない封じの名を。

「直江」と。
小さい高耶がそう呼びかけたとき。
その名で彼に呼ばれる時の息子の表情を見たときに、あのときの言葉の意味が初めて解った気がした。

彼は、ずっと待っていたのだ。高耶だけを。
魂が呼応するように。呼ばれるたび、彼の表情がどんどん豊かになっていく。
大輪の花が開くように艶やかに、馥郁とした香が漂うように。
耳目を集めずにはいられぬほどに。

端から見れば、息子が小さな彼を庇護しているように見えるだろう。
が、その実、高耶によって息子は生かされているのだ。

愛しいと思う。大切に育みたいと思う。
それは、高耶が持つまっすぐで天真なその資質に、息子だけでなく自分自身も魅せられているからだけど。
分かち難くこのふたりが呼び合う縁なのであれば。
せめて、もう少し大きくなるまでは、護りの羽を差し掛けてやりたい。
今は、まだ、ようやく少年期を脱したばかりの、少々頼りない彼女の息子の隙間を埋めるためにも。 高耶が冷たい雨に打たれることの無いように。

そう、春枝は思うのだった。




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ページを分割してupする利点は、かなり唐突な場面変換でも何とかなってしまうこと(^_^;)

果たしてここに挿入していいパーツなのかどうか、正直自分でも迷いますが。
普通の人のはずなのに、高耶さんだけが直江と呼ぶことに誰も異議を唱えない、その理由をどこかで書いておきたかったのです。
茶の間に残された春枝さんの回想シーンということで。さらりと流してやってください(拝み)









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