はじめに


先日、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続きというか前振りというか背景というか・・・。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。










Precious ―笑顔の功罪 3―




最近、高耶の態度がよそよそしい。
そんな心の鬱屈を、直江は抱えている。

いつもの朝の道を、途中までは変わりなく話もするし、手も繋いで歩いてくれる。
が、大通りが近づくにつれて、高耶は次第にそわそわし始め、ぱっと直江から離れるのだ。
まるで連れ立っている姿を他人に見られまいとするように。

習慣のようになっていた、別れる際の残心も本人に拒絶されてしまった。

『バイバイしたら、直江もすぐに駅に行ってね?僕なら、もう、ずっと見てなくても大丈夫だから』

ある日、高耶はきっぱりとこう直江に告げて、行ってきますと言うと、そのまま後も見ずに、少し離れたところで待つ友達の所へ駆けて行ってしまった。
もう、庇護は要らないと振り払われたようで、いささかショックだった。

自分以上に大切な友達が出来たのだろうか。
消沈しながら考える。
実を言えば、いやと言うほどその心当たりはあったから。

しばらく前から、高耶と大通りで待ち合わせする友達。
同じクラスだというその子のことは、以前から高耶から聞き知ってはいた。
明るく屈託のない子で、高耶ともすぐに仲良しになったらしいことを。

その頃は、まだほっとする思いの方が大きかった。
高耶が楽しそうに学校の話をすることが、新しい生活に馴染んでいく様子が単純に嬉しかったのだ。 そうでなくてさえ、高耶はイレギュラーな育ちをしていたのだから。

自分が係わることで、少しでも高耶の力になれたら。
まっすぐな彼の心をそのままに伸ばしてやれたら。
―――それが自分の望みだったはずなのに。

いつのまにか、自分の中での比重が大きく変わっていることに直江は愕然とする。
高耶を独り占めしていたいという、偏執めいた考えに。

学校の友達に嫉妬してしまうほど、彼の成長を喜べないほど自分は情けない人間だったのだろうか。 しかも高耶は同世代の異性でもなんでもない。まだ出逢って数ヶ月の、ちいさな男の子だというのに。 打ち消そうとすればするほど、澱のようにもやもやは溜まっていく。

自分でも持て余すほどの生々しい感情を敏感に高耶は感じ取るのだろう。
高耶の表情からも無邪気な笑みは消えて、どこかおどおどした遠慮がちな態度に取って代わる。 それは、出会ったばかりの寡黙な日々よりは多少はましとはいえ、すでに高耶の愛らしさを知ってしまった直江にとっては耐えがたいほどに他人行儀で。

互いが互いの心を読めきれぬまま、ぎくしゃくしたとした日々が続いていた。



そんなある朝。
とうとう直江は、酷い頭痛で床から起きられなくなってしまった。
定時になっても食卓にこない息子の様子を見に来た春枝は、その顔色を一目見るなり、

「欠席の連絡いれるわね」

と、言ってドアを閉めてしまった。

ほっとして枕もとの時計を見る。
普段なら、もうすぐ家を出る時刻。
高耶は、いつものようにそこの門口で待っているだろうか。なかなか現れないのに焦れて玄関まで迎えにきてくれるかもしれない。自分の不調を知ったら、いったいどんな顔をするだろう?心配ぐらいはしてくれるだろうか。

薬と水差しとを持って、再び春枝がくるまでに、ずいぶんと間があったように思う。

「仰木さんちにも伝えてきたわ。高耶くんを待たせちゃったら申し訳ないから」

さりげなく告げる春枝に、直江も、黙って肯くことしかできなかった。
小暗く高耶の反応を考えていた、自分の胸の裡をこの母には見抜かれそうな気がした。
が、春枝はそれ以上は何も言わずに、直江が鎮痛剤を飲んだのを見届けると、少しおやすみなさいと言って、そのまま部屋を出て行った。

やはり、見透かされているのかもしれない。
天井を見上げながら、そう思う。
仮病でこそないけれど、この不調の原因が精神的なものであることに。
いつもなら、咳ひとつしただけで医者に診てもらえと大騒ぎをするひとなのだ。
ため息をつきながら頭を巡らせて時計の針を確認した。
今頃は高耶と歩いている時間。
自分のいない一人ぼっちの登校を高耶はどう思うだろう。
さすがにもう心細くはないだろうけど、少しは寂しいと思ってくれるだろうか。それともここしばらくの気まずさから解放されてせいせいしているだろうか。
身じろぎもせず見つめる時計の秒針はいやにのろく、直江はそのチクタク時を刻む音をもどかしい思いで聞いていた。
いつもの大通りに出る頃合。
高耶は友達と合流して、もう、自分のことなど一顧だにしないのかもしれない。
すべてひとりよがりなのかもしれない。
もともと彼はすんなり伸びることを約束された若木のようなものだから。
多少その成長を支えたところで、いつまでも添え木ががっしりとその幹に食い込んでいてはいけないのだ。

普段と違う、時間の流れ。
昼間からこうして床につき天井を見上げていると、自分だけが世界から取り残されたような気になってきて、不意に、直江は目を瞬かせた。
高耶が離れていく。
そう考えるだけで、瞼の奥が熱くなる。
こうして悶々として布団の中にいる自分がひどく可哀想で。
自分で自分を憐れんでいるうちに、次第に意識は霞んできて、直江はそのまま不安な夢へと落ちていった。



戻る/次へ









なんだ。迷った揚げ句に結局最初の展開でupか……と思ってしまった私(苦笑)
回るには早すぎるよ…と思って、一度はボツったのですが。
やっぱり、18でも美少年でも経験値低くても直江さんは直江さんなのですね(笑)

限りなくサボりに近い病欠で休みをもぎ取って布団から見上げる昼間の天井。
ぽつねんと取り残されるこの感じが、私はわりかし好きでした。ああ、不健康…(苦笑)








BACK