先日、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。
以下は、その続きというか前振りというか背景というか・・・。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。
Precious ―笑顔の功罪 4―
振り向かずに遠ざかっていく高耶の背中を、場面を替えて繰り返し、幾度も幾度も見送った気がする。 煮詰まった思いが見せる夢は、内面の怖れを如実に反映していて。 これは夢なのだと、どこかで醒めている意識が告げても、その連鎖は断ち切れなくて。 だから、浅い眠りが微かな人の気配で破られた時には、むしろ救われた思いがした。 「……まるでこの世の不幸を一身に背負い込んだような顔だわね」 春枝が屈みこんでいた。 「もうそろそろお昼だけど……どう?なにか食べられそう?」
問われて力なく首を振った。 「……やっぱり一番のお薬は高耶くんみたいね。学校引けたら来てくれると思うから。それまで好きなだけたそがれていなさいな」 「……来ませんよ。たぶん」 夢の名残が尾を引いて突き放したような物言いをする息子を、わざとらしく目を見開いて春枝がみつめる。 本気でそう思ってるの? そう言外に問い掛けるような瞳に、甘えや妬みや嫉みやそんな心の揺れを見透かされるようで、居心地が悪いことこのうえない。 「なあに?あなたたち、ケンカでもしたの?最近ぎくしゃくしてるみたいだけど」 「それならまだましなんですか……」
ケンカ以前の問題だ。なにも告げられないまま理由も解らない気まずいだけの関係など。 「ねえ、義明。あなたこの数ヶ月、いったい高耶くんの何をみていたの? あの子が、とっかえひっかえお気に入りを取り替える、そんな移り気な子にみえる?いつだってあの子の一番はあなたなのよ。それをあなたが信じてあげないでどうするの」 「でも彼は…」
実際に自分の手を振り払ったのだ。振り払って友達と仲睦まじく歩いていった。 「高耶くんなら、きっと来るわ。そういう子だから。いいチャンスだと思ってこの際きちんと向きあってごらんなさい。つらいのは、あの子だって一緒なのよ」 高耶に関して、こうもきっぱりと断言する母に妙な敵愾心が湧いてきた。 「なぜ母さんにそんなことがいえるんです?」 不機嫌さ丸出しの怒気のこもった口調だったが、春枝はいっこうに頓着しない。 「まあ、なんて生意気な。親になんて口を利くのかしら、この子ってば。そんなの母親だからに決まっているじゃありませんか」
そう、あっさりと一蹴されて脱力する直江である。
「……直江、起きてる?」
そろりと半分だけドアを開けて高耶が顔を覗かせている。まるで自分が痛みを堪えているような、不安で心配でたまらない顔で。 「起きてますよ。どうぞ」 そう招かれて高耶は静かに部屋に入り、布団の傍らにちんまりと座る。 「おかえりなさい。……今日は少し帰りが遅かったようですね。何かあった?」 「うん…。これ、買うのに、一回うちに戻ったから。これ、お見舞い。早く元気になってね」
そう言って差し出されたのは大通りにある青果店の紙袋だ。 「これを私に?」 「うん。病気の時には桃がいいって先生が言ってたから。八百屋のおじさんもね、お見舞い用なら一番大きくて美味しいのを選んでやるからって。 で、おばさんがきれいに包んでくれたの。どうぞお大事にって。 だから、直江、これ食べたらきっと良くなるよ。今おばさんに剥いてもらうね」 そう言って高耶はまた身軽に立ち上がる。 同時に、ドアが開いて春枝が顔をみせた。 「高耶くんね、わざわざお金を取りに家まで戻ってそれからまた大通りまで買い物に出てくれたそうよ。こんなに大事に思われていてあなたはしあわせ者ね。義明。ちゃんと御礼を言わなきゃね」
そのまま春枝は高耶から桃を受け取り、おやつの用意をしてくるからと優しい笑顔で言い置いて部屋を出る。その際に直江に投げかけた、勝ち誇ったようなその笑みに、直江はもろ手を揚げて降参したい気分だった。 「どうもありがとう。すごく、嬉しいです」 「うん……。でも本当に大丈夫?起きてて平気?」 「高耶さんの顔見たら元気が出ました」 きょとんと小首を傾げる。 「もうずっと…嫌われたんじゃないかと思っていたから」 今度こそ吃驚したように高耶は目を見開いた。 「私よりクラスのお友達といるほうが楽しいんじゃないかって…そう思っていたから」 思い当たったように高耶ははっとした表情になって、おずおずと訊いてきた。 「直江…やっぱり朝のこと怒ってた?。僕がさっさとエミちゃん達と行っちゃうこと」 「少しだけね。寂しかったです。高耶さんにどんどんお友達が増えるのは喜ばなくちゃいけないことなのに。だんだん私が置き去りにされるみたいで素直に喜べなかった。すみません」 「違うんだよ」 慌てたように言葉を打ち消し、それから気まずそうに俯いて、やがて高耶はぽつりと言った。 「あれはね…みんな僕のせいなの」
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