五月の朝の六時過ぎという時間帯は、決して早過ぎる時間ではないのだと、『彼』の散歩に付き合うようになって高耶は知った。 陽の光はすでに昼と変わらず燦々と、 でもひんやりしっとりした空気が寝起きの肌に心地いい。 少し前まで枯れ草色だった土手は、今では一面の緑に覆われて、あちこちに群れるシロツメクサのあまい香りが沈んでいる。 自分ですら解るのだ、人間の数千倍という『彼』の感覚ではどんななのだろう? 「なあ、おまえ的にはどんな感じ?」 思わず口に出しては見るけれど、もちろん応えの返るわけはなく。 はみ出しているシロツメクサの葉を踏んで道の端を辿る『彼』は、鼻を地面に近づけふんふんと匂いを嗅いでは一心不乱に歩いている。 時々、立ち止まっては、あちらこちらで念入りなチェックを入れる。 高耶もそれに付き合いながら、片脚あげるマーキングの時にはすかさず持参のボトルの水で跡を流した。 その度、『彼』には、恨みがましい視線を向けられるけど、エチケットだから仕方がない。 人気なんてないだろうと思い込んでいた朝の土手道はけっこう賑々しくて、 ウォーキングやジョギングや、高耶と同じく犬と連れ立って歩く何組もの人たちとすれ違う。 おはようございます いいお天気ですね 会釈とともにそんなさりげない挨拶をかわしあって、顔見知りになってしまった人たちからマナーのなってない同伴者と眉顰められるわけにはいかないのだ。 『彼』と、今は留守にしている彼の本来の飼い主のためにも。 前方に車の行き交う橋が見えてきた。 そこが散歩コースの折り返し。 シロツメクサの土手道を降り、今度は別の道を通って家へと帰る。 乾いた舗装路に戻って初めて朝露に濡れた足先に注意が向いたらしく、バーナムは しきりに前脚を持ち上げて小刻みに振り、水気を飛ばす仕種をする。 どうしよう?気持ち悪いんだけどなんとかなんない? そんな目で見上げてくるから、つい小言をたれてしまった。 「なるわけないだろ。うちに着いたら拭いてやるから、それまでのガマンだ」 リードに促されてしぶしぶ歩き出すバーナム。 何歩か歩けば足裏はすぐに乾いて気にならなくなったのだろう、いつものリズミカルな早足に戻った。 ハッハッハッハッ……。 バーナムの息遣いが聞こえる。 土手での道草で気晴らしは済んだのか、真っ直ぐに前を向き、もう周りには目もくれない。 家に帰れば、朝ごはんが待っている。急がなきゃ。 そんな気持ちをただ洩れにして小走りに高耶を引っ張る。 つられて高耶も早足になりながら、笑いがこみ上げてくるのをどうにも抑えられなかった。 早起きして清々しい空気の中を散歩して、なにより、すぐ傍に頼り頼られる存在がいる。 (こういうのを、しあわせっていうんだろうな) ありきたりの朝のルーティンが、なんだか無性に嬉しくて愛おしい。 よし、今日もいい一日になりそうだ――そんな予感がした。 |