残月楼夜話

―鞘当 1―





ひとしきりの質問攻めがようやく落ち着いた頃、一服しながら直江がおもむろに切り出した。
「それはそうと高耶さん、今日はお使い先でどんなことがあったんです?」
なにしろ、この日一番の気懸かりだ。詰問調にならないよう心して尋ねるのに、きょとんと高耶が目を瞠る。
「どんなことって……特に、なにも。いつも通りだよ?」
「でも届け物の用事が済んで卯吉が帰っても高耶さんは残っていたんでしょう?」
さらに言葉を重ねると、ようやく高耶は質問の意味を解したらしい。指折るようにして考えながらやがて順序よく答えだした。
「えーとね。まずご隠居さまに三味のお稽古みてもらって、倣いかけの仕舞のおさらいして、そのうち奥様もいらっしゃって薄茶をたててくださって。 み好やの栗きんとん、すっごく美味しかった! でね、いろいろお話しているうちに、今度若奥様もいらっしゃるときに英吉利風のお茶会にしましょうねってお招きくださったの。 焼き菓子にジャムやバタを塗って紅茶と一緒にいただくんだって。 ね、直江はこういうお茶会にお呼ばれしたことある?洋風のお作法は詳しくないんだけど、大丈夫かな?うまく出来るかな?」
嬉しげに今日の様子を話しながら、小首を傾げて訊いてくる様がまた凶悪なほどに愛らしい。
ここで拗ねては大人気ないと自覚はあるから、 むらむらと湧いてきたご隠居一家に対する敵対心はひとまず脇において、直江もにこやかに高耶の不安を打ち消してやる。
「平気ですよ。そう難しいことはないはずですから。ただ楽しく同席の皆さんとおしゃべりしてればいいんです」
「ほんと?」
「ええ、和やかに過ごすのが一番のマナーですから。高耶さんなら、きっと、大丈夫」
太鼓判を押しながらも、次の訪いには本格的な洋菓子を手土産にしなければと、 心の底でぐぐっと握り拳を固めたのだった。

後日。
持参した焼き菓子に高耶は大喜びで、直江は大いに面目を施したのだが、 肝心の江田邸での茶会のことは一向に話してくれなかった。
それとなく水を向けてもすぐに話を逸らされてしまう。
今も水屋に逃げ出されてため息をつく直江のことを気の毒に思ったか、微苦笑を浮かべながら十六夜が種明かしをしてくれた。
家人だけの内輪の茶会だというのに、先方では高耶のためにわざわざ着替えを用意してくれていたらしいのだ。その衣装というのが―――
「……ドレス……ですか」
それきり直江が絶句すれば、十六夜も複雑な表情で頷く。
「そりゃね、解らなくはないのよ。あちらのお宅にお嬢さまはいらっしゃらないし、高ちゃんはあんなに可愛らしいし。 一度心ゆくまでお人形みたいに着飾らせたいっていう奥様方のお気持ちは。 実際、輝くばかりの美少女ぶりだったんですよ。 髪を束髪くずしに結い直してお揃いのリボンをつけて、薄物のドレスだったからケープを羽織ってね。帰りはそのまま俥で送っていただいたんだけど、店中がそりゃ大騒ぎだったのよ。 でもそういうお姫さまみたいな格好も女の子だったら有頂天でしょうけど、やっぱり高ちゃんは男の子ですもの。嬉しいよりも気恥ずかしさが先にたっちゃったのね。 結局そのドレスもケープも戴いてあるんだけど、いくら他の妓たちがもう一度着て見せてくれってねだっても頑として首を縦に振らないの」

だから義明さんも聞いたことは内緒にしてそ知らぬ顔をしてくださいねと、きっちりと念押しされて。
半ば呆然と頷きはしたものの、自分だけが高耶の洋装を拝めなかったことに釈然としない思いの直江だった。








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