そんなふうにして心にいささかの鬱憤を溜め込んでいた直江が、或る日、こんなことを言い出した。 「ねえ高耶さん、今度義姉のお茶会にいらっしゃいませんか?来週の土曜日なんですが」 「……」 先日のドレスのことを思い出したのだろう、一瞬、高耶が怯んだ表情をする。 もちろん直江がその様子に気づかぬはずはないのだが(なにしろその件に関しては何も知らないことになっているので)白々しくも晴れ晴れとした顔で口説きにかかる。 「義姉が最近洋菓子に凝りだしまして。舶来の高価な茶道具一式も手に入れたとかで、私にもお呼びが掛ったんです。 何しろ女丈夫の誉れも高い女性で、私ひとりでは心細い。高耶さんもご一緒してくださると非常に嬉しいんですが……いかがですか?」 「あらあら」 高耶が返事をするより先に、意図を察した十六夜が割り込んだ。 「義明さんったら。高ちゃんを防波堤に使う気ね?」 呆れた口調と軽い非難の眼差しを向けながらも、その口元には微かな笑みが漂っている。 「おや。やっぱりあなたには見透かされてしまいましたか」 肩をすくめて直江も笑った。言葉とうらはら、少しも悪びれたところのない確信めいた表情だった。 「あの手この手の攻撃をかわすのもいい加減、煩わしくなってきたのでね、ここらできっちり釘を刺しておきたいんです。本来ならあなたにお願いしたいところですが…」 「ちょっとばかり董が立ちすぎですものね。その点、高ちゃんなら十年はしのげるとお思いなんでしょ?評判を損ねても知りませんよ」 「望むところです。……というわけでかまいませんね?高耶さんをお借りしても」 「はい。おまかせいたしますわ」 「……恐縮です」 芝居がかった仕種で十六夜が鷹揚に会釈をすれば、直江も笑みを湛えて頭を下げる。 「???」 阿吽の呼吸で交される会話に、ただ当事者の高耶だけが訳が解らず置き去りにされていた。 さて、今日こそは引導を渡してくれると意気込みも露わに選りすぐりの見合い写真数枚を用意して義弟の到着を待ち構えていた橘の令室は、 その義弟に伴われてやってきた少女の姿を見て、一気に気勢を削がれた。 確かに義弟は予め連れがあると断ってはきていた。けれど、どうせただの目晦まし、どんな女を連れてこようと鼻であしらうつもりでいたのだが。 長身の義弟の半歩後ろに控えていたのはまだ十にも満たないような小さな女の子で、 その子は令室を認めると折目正しく挨拶をした。その所作がまた礼法のお手本にしたいほど美しいものだった。 かてて加えてにこっと笑いかけてくるその顔には邪気のかけらもなかったから、たちまちその愛くるしい笑みに魅了されてしまった。 そして当初の先入観はさっばり捨て去り鄭重な態度でこの小さなお客人(と義弟と)を彼女自慢の客間へと案内したのだった。 和やかな時間が過ぎた。 本当に、この義姉と同席してるとは信じられないほど穏やかに寛いでいられる茶会だと、優雅に紅茶を味わいながら直江は思う。 元々高耶は素直で利発だし、義姉は義姉で社交の駆け引きに長けている。 その義姉が高耶との会話を心から楽しんでいる様子だった。 同時に、高耶が自分に向けてくれる信頼やこちらの彼に対する慈しみの情をも悟ってくれたらしい。 高耶の身の上を一通り聞き出してしまうと(もちろん彼の性別は慎重に伏せた)、奇妙な生き物を見るようななんともいえない表情でしばらく直江を凝視め、ほっと息を吐いて独り言のように呟いた。 「うちにきているお話は全部お断わりしたほうがよさそうね」 「そうしてくださると助かります」 直江も軽く会釈を返す。 「それにしても悠長な話だこと」 ほとほと呆れたように言うから、くすくす笑いながら受け流した。 「そうでもありませんよ。一緒に過ごせる時間が楽しくてたまらないんですから、きっとあっという間です。それに、似たような前例もありますしね」 私だけの専売じゃありませんと平安の貴人を引き合いにして嘯く末弟に、再び溜め息をもらす令室だった。 |