L'ESTRO ARMONICI




最初から、彼をどうこうするつもりはなかった。
身のほどしらずに飛び込んできた彼の一途さ、その心根が微笑ましかったのだ。
北条の家に用立てた金子は少ない額ではなかったが、諦めきれぬほどというわけでもない。
そう、彼のためなら。もしもそれで彼の好意が買えるなら。
あの真っ直ぐな気持ちを自分に向けてほしい。ゆくゆくは彼を懐刀に育て上げ、同じ夢を描くことができればいい。と。
彼に漠然と好感を持った。
最初は確かにそれだけだったのだ。


高耶には数人の教師をつけた。
彼が学べきことは山のようにあり、その指導法ときたら北条のやり方を笑えぬほどの『付け焼刃』ではあるけれど。
それでも彼は厳しい授業についていき、すぐに周囲が驚くほどの進歩を見せた。
彼らの報告を待つまでもなく、例えば、ともにする食事ひとつをとっても彼の変化は明らかだった。
洗練された身ごなし、よどみなく交わされるそつのない会話。優美な微笑。
生まれついての貴種であるかのような、侵しがたい気品。
表面を少し磨いただけで、高耶という名の宝玉は自ら輝きを放つ。
その煌めきに魅せられ次第に彼にのめりこんでいく。が、彼が自分に心許す気配はいっこうになかった。
おもねるように贅沢品を買い与える。高耶は礼儀正しく笑みを浮かべて謝意を表す。
評判の観劇に連れ出す。桟敷席直江の傍らで、台詞の古典の一節を、共に彼は暗誦んじる。
望まれている役割を演じきって見せながら、自分を見る彼の眼は笑ってはいない。

彼の懐に踏み込めない。
金で買われた披護者と後見人のまま、いつまでたってもその距離が縮まらない。
そんな焦燥が、ちいさな棘のように、ことあるごとに直江の胸を疼かせた。



心に鬱屈を抱えながら、本来の職務に忙殺される日々が続いた。
ようやくのこと懸案を片付けて数日ぶりに屋敷に戻った午後。
久しぶりに高耶とお茶を楽しもうと、彼の姿を探した。
自室はもぬけのからで、それではテラスから外に出たのかとぐるりと庭園を回った時。
人声と、それに被さるような笑い声が聴こえてきて、直江は、一瞬凍りついた。
植え込みの向こう、植え替え途中の花壇の傍らに高耶がしゃがみ込んでいた。
園丁の作業を手伝いながら、楽しそうにお喋りをし、弾けるような笑顔を浮かべて。
自分には決して見せなかった無防備な表情を、彼は、今、使用人に向けている。
頭に血がのぼって、何も考えられなくなった。
つかつかと近寄って高耶の手を捻りあげる。
「いったい何をしているんです?」
直江の詰問に、彼は驚いたように眼を瞠った。
「なにって、花壇の手伝い。お天気はいいし、ちょうど暇だったし……」
慌てて数歩下がり帽子をとって畏まる園丁に一瞥をくれると、高耶と幾らも年の違わぬその見習は、同意するように頷いた。
「ついお言葉に甘えてしまいました。申しわけありません」
主の不興を察して、ぺこぺこと頭を下げる。
「彼が悪いわけじゃない。オレが無理矢理手伝わせてくれって頼んだんだ」
不意をつかれたせいか、それとも他愛ない会話の余韻をまだ引きずっているのか。
修辞を忘れた高耶の口調は以前に戻っていて、詰る視線を真っ直ぐに直江に向けてくる。
直江の理不尽な怒りから園丁を庇うように。
まるで最初の出会いのようだ。彼は、どうあっても自分の側にはなびかない。
ならば、いっそ。

「よろしい。そんなに暇だというのなら、あなたには専用の仕事を差し上げます。以後、使用人の真似事は慎むように。その泥に汚れた身体を洗って部屋で控えていなさい」
心の奥底で、なにかがどろりと鎌首を擡げていた。



言いつけに従った彼を、自室に呼び寄せる。
「妹御の身代わりだといいましたね。なら、国に送るまでもない。此処で、夜伽の相手をしてもらいましょうか。その覚悟も出来ているんでしょう?」
おもむろに寝室へ続くドアへと視線を流す。
瞬間、怯んだような表情をして、だが彼は視線をそらすことなく直江を見据えた。
「わかった…」
素直にそちらへ向う彼を、途中で攫うようにしてベッドに押し倒す。
逆らう素振りも見せない彼の衣服を引き裂き裸に剥いてのしかかる男に、
「サイテイだ…」
一言呟くと、高耶はそのまま眼を閉じ、もう何もしゃべらなかった。



形ばかりの合意はあっても、それは、強姦以外のなにものでもなかった。
強引に路をつけ、押し入り、一方的に中に放つ。

「まったく期待はずれもいいところだ。がっかりですよ。あなたには」
逐情した身体を早々に離して、たった今まで繋がっていた相手に侮蔑の言葉を投げつける。それでも高耶はぴくりとも動かない。

人形のようにただ横たわって受け入れるだけ。
拒絶もない代わり、彼はなんの反応も返さなかった。愉悦はもちろん、あって当然の苦痛さえも。
生娘だって、もう少しましな恥じらいや媚びをみせるものなのに。
まるで、汁気のない未熟な果物を齧ったよう。後味の不味さだけが残る。
慣れぬ行為に怯え泣き縋ってくれるならまだ可愛げがあるものを。 身体は許しても心は見せない。そういうことなのか。その情の強さが勘に障る。
忌々しい思いを抱えて、無遠慮に自分が汚した彼の身体を眺め渡した。
半ば背けた横顔が蝋のように白かった。 一刻も早く立ち去りたいのに、身じろぎも侭ならないのだろう。
シーツに隠しきれずにいる仰臥した身体に眼をやれば、鼠蹊の陰りにうなだれた彼の性器が見えた。 沈んだ色とはいえまだまだ若々しいそれに、ふと触れてみたくなって手を伸ばす。

とたんに高耶の身体が跳ねあがった。
「!っ、なにっ!?もう用はすんだはずだろ?」
朱を散らして、逃げようと身体を背ける。その仕草に煽られた。
「私はね。でも、あなたはまだでしょう?気持ちよくしてあげますよ」
「いいっ!……やめっ」
悲鳴のような声を上げて足掻かれて、背筋がぞくぞくする。
ことさらにゆっくり首筋に顔を埋めた。
「直江!いやだっ!!」
渾身の叫びだった。
ああ、彼は。
身体を差し出すことは覚悟していた。が、その行為が終わった今、再び自分が愛撫を受けようとは考えてもいなかったのだ。
うろたえるその様子が可愛いらしくて、ますます虐めてみたくなる。
もがく彼に構わず、あちこちに口づけを落とし、彼の雄を育ててやった。
後から後から零れる蜜。堪えきれずに口をつく喘ぎ。強張りながらひくつく手足。
自らの反応が許せないのだろう。彼の目からもひっきりなしに涙が流れる。
それは、自分が快楽を得る以上に快美な眺めだった。
彼を堕すほうが楽しい。彼をいたぶり羞恥に悶える様を眺めるほうが、直截な挿入より、よほど。
昏い、欲望の焔があがった。



戻る/次へ










BACK