L'ESTRO ARMONICI




「残念ですが、勉強はしばらく中断です」
翌朝、蒼白い顔をして朝食の席についた高耶に、淡々と、直江が告げた。
「私の側にいてください。食事やお茶の時間も、寝室も一緒です。が、別に小間使いというわけではない。よろしいですね」
言外の意味は伝わっただろう。 それは、彼の玩具にされるということ。が、もとより高耶に拒否権はない。
静かに目を伏せて、頷くしかなかった。

直江の決定は瞬く間に邸内に浸透した。
高耶は主の囲いもの。使用人とは一線を画す立場で、彼らの態度もそれに倣った。
昨日までのようには気安く話せず彼らの仕事を手伝うこともできない。
執事の監督の行き届いているこの屋敷では、あからさまに好奇の目を高耶に向けるものこそいなかったが、 それで自身の気まずさが薄れるわけでもなく、結局は、直江の寝室の続き間、私室にと新たにあてがわれた部屋に引きこもるしかなかった。

直江は朝食後に外出し、午後に戻ってきた。
この後、夕方から夜会に出席せねばならないという。
お茶とともに菓子や軽食をつまみながら、そんな予定を話して聞かせる。
一緒にいられないのを詫びるように、最愛の恋人に接するように。もちろん、細々とした気遣いも忘れない。
「このシードケーキは美味しいですよ。うちの料理人の十八番なんです」
「サンドイッチはいかが?……朝は食が進まなかった様子ですが。今度お好きなフィリングを教えてください。そのように作らせますから」
舐めしゃぶるように、煩いほどに世話を焼きながら、その眼には楽しげな、けれど剣呑な光が宿っている。
慈しんでいるのではない。慈しむふりをして、戸惑う高耶の反応を楽しんでいるのだ。
終始上機嫌で能弁だったのは直江のみ。
はい、と、いいえ以外、高耶はほとんど喋りもせず、あれこれと取り分けられた菓子もただ眺めるだけ。
それではと、強引に手に持たされたパンの小片をやっとの思いで紅茶とともに飲み下す始末だった。
密やかなノックの音とともに執事が時間を告げに来た。
まといつく視線から解放される。少なくとも、あと数時間はこの男はいなくなる。
ようやく息がつけると、高耶の顔に安堵が表情がよきるのを、直江は見逃さない。自然な調子で執事に尋ねた。
「ところで、例のものは届いているかな?」
「はい」
「けっこう。此処に持ってきてくれないか。出掛ける前に彼に渡しておきたい」
「かしこまりました」
振り返りながら微笑んだ。
「あなたにね、プレゼントがあるんです」
渡されたのは膝に乗るほどの素っ気無い紙箱だった。今まで贈られていた大仰な包みとは違いすぎて、 高耶が首を傾げる。
「開けてみて」
促されておずおずと開く。
目にはいったのは、折りたたまれた長いチューブ、そして薄いガラスのタンクと幾つかの薬品の壜。
得体の知れない実験器具のような中味に、高耶は思わず男の顔をまじまじと見つめる。
とろけるような笑顔で直江はいった。
「それはね、あなたのお腹を綺麗にするための道具です。これから毎晩、寝室に来る前にお使いなさい。いいですね」
なにを言われているのか、はじめはわからなかった。
が、やがて高耶が小さく声をあげ、その顔にみるみる血が上る。男の真意にようやく思い至ったのだ。
できない。と。
反射的に口元が戦慄いた。
男の笑みはいっそう深いものになった。
「簡単ですよ。ぬるま湯を入れてフックに引っ掛けてチューブを挿し込んできれいになるまで漱げばいい。ミルク壜を洗うのと変わりません。 ……嫌なら無理しなくていいんですよ?粗相をしてみせてくれるというのなら私はそれで構わないし、ひとりで出来ないというのなら、手伝ってあげる。そういうプレイがお好みならばね」
さらに受け入れがたい提案をされて、高耶の眼に絶望の色がよぎった。
男はそんな高耶を微笑んで見つめている。
「返事は?高耶さん」
そう優しく促されて、俯いたまま、小さく応えた。
「……はい」
「よろしい。それでは、また夜に」
楽しみにしていますよと。
すり抜けながら思わせぶりに耳朶に囁かれて。
目の前が黒く塗りつぶされる思いがした。心まで直江の闇に繋がれていく。
たとえ数刻、眼を離したとしても、この男は、もう高耶を自由にすることはないのだ。




くちゅくちゅと淫猥な水音が響く。
ひとつは男の股間、獣の姿勢で怒張を含んだ高耶の口元から。
そしてもうひとつ、高く腰を掲げさせ男の両手が掛かる彼の尻の狭間から。
「そう。とても上手になりましたよ。次はこっちを舐めてみて。…判る?」
馬銜を噛ませるように内部に埋め込んだ淫具を揺らす。
その刺激に、一瞬身体を引きつらせ、涙のたまった眼で直江を見上げると、高耶は異物が自分を苛むのと同じ側におとなしく舌を這わせる。
「そう、その調子。お利口さんにはご褒美をあげないとね」
一気に引き抜かれまた押し込まれて、衝撃に、前が弾けた。
咥えたものを離し、肩で息をする高耶を、男の両手がすくい上げる。
「ほら。口がお留守になっている。ダメですよ、私もいかせて」
声だけはとてもあまい、猛禽の微笑。
だがその仕草に容赦はない。 膝立ちになり後頭部を押さえつけて、薄く開かれたままの唇に再びそれをねじ込む。
喉奥を衝かれてえずく高耶に斟酌なしに、抜き差しを開始した。
口の端から零れるのは自身の先走りか彼の唾液か。苦痛に歪む彼の表情が、恍惚の高みに導く。
情欲の迸りを喉奥に受けて、声もなく彼が震えた。
荒く息を吐きながら、それでもまだ彼を緘する手は緩めない。
彼は、諦めたように口の中のものを嚥下した。眦から落ちる一筋の涙とともに。


夜な夜な、直江は、こうして高耶をさいなんでいる。


「夜伽をするのならあなた自身がもっと熟れてくれないと。今のままじゃかぶりつく気にもなれませんよ」
そう嘯きながら、口淫の奉仕を強い、性具を仕込んでは性感を煽り立てる。
そのくせ、最初の夜以来、直江は高耶の内部に入ろうとしなかった。
絶え絶えに高耶を鳴かせ幾度も逐情させては、彼の口腔を犯して自分の欲望を吐き出す。
肉の交わらない繋がりは、自分にそれだけの価値がないと暗に知らしめているようだ。 人としても扱われない。自分はただの玩具。この男が飽いてしまうまでこうして玩ばれ、捌け口にされるのだと。
直江以外にもうひとつ、絶望が心を蝕んでいく。
高耶は日に日に食が細り、やつれていった。



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