L'ESTRO ARMONICI




「あなたにお土産がありますよ」
いつものように寝室で待機していた高耶に、或る夜、直江は瀟洒な小箱を手渡した。
「ここしばらく食欲がないようだから。高耶さん、こういうのはお好きでしょう?」
また何かを企んでいるのだろうか。半分諦めの境地でおそるおそるとふたを開ければ、ふわりと甘い良い匂いがした。
見たこともない乳白の一口菓子が並んでいる。
「これは?」
「判らない?チョコレートです」
「チョコレート?」
貴族の育ちをしていない高耶にはもともと縁の薄い贅沢品だ。それでも以前に何度か口にしたチョコレートは黒っぽかったはずだが。
首を傾げている高耶に直江が微笑む。
「ご存知ありませんか?これはホワイトチョコレート。カカオの精髄とクリームで出来ているんです。食べたらちゃんとチョコレートの味がします」
ほら。と、ひとつをつままれ唇に運ばれて、高耶は雛鳥のようにその給餌を受ける。
最初に感じたのはミルクの香り。ほとんど同時に濃厚な甘味が舌に広がって、こってりと蕩けるこの口解けに高耶が目を細めた。
おいしい……。
久しぶりにそう感じた気がする。
溶け出すのが待ちきれなくて歯を当てたその瞬間、口腔に圧倒的な液体が広がった。
甘酸っぱい味。フルーティな芳香。そして、焼け付くような強烈な刺激。
たまらずに、慌てて飲み下した。
ひりつくアルコールの後味は何度か唾を飲み込んでもなかなか収まらず、口腔から喉奥までかっと燃えてる感じがする。
けほけほとむせながら喉に手をやる高耶を面白そうに直江が見つめていた。
「ああ、言い忘れていましたね。これはホワイトチョコのボンボン。あなたのイメージでショコラティエに作らせました。美味しかったでしょう?中身は木苺のシロップですよ」
「…………」
「気付にアルコールも混ぜてある。どう?食欲は戻りそう?」
もうひとつ、と勧めるのに、力なく首を振る。
確かにとても美味しいけれど、このアルコールのきつさではなおさらのこと、今の体調ではそう何個も口にできるものではなかった。
「上のお口はもう無理?なら、下で試してみましょうか」
「?」
問い返す間もなかった。直江は慣れた仕草で高耶の上体をさらってうつ伏せる。
「!」
意図を察して青ざめた時には、すでに、菓子のまるい塊がひとつ、後ろに押し入れられていた。
本来口に入れるはずの食べ物を排泄器官から挿入される。しかも、たった今、自分が食べたのと同じものを。下でも味わえとばかりに。
あまりの仕打ちに、目の前が赤く染まった。思わず身を捩って抗う。が、それも男の眼を楽しませるだけに過ぎなかった。
「少し元気がでたようだ。では、もうひとつ」
抵抗をあっさり封じて、直江は次の菓子を高耶に埋め込む。最初に入れられたそれが押されるように襞の奥へと移動していくのを、高耶は絶望的な思いで感じていた。
「ねえ高耶さん、さっきの口解けを覚えてる?このチョコはね、普通以上に溶けやすいんです。あなたの中はとても熱いから、すぐに火酒のシロップまで味わえますよ」
揶揄するような言葉を囁かれるのと同時に、高耶の身体が硬直した。
身体の奥でかたまりが崩れるのがわかったのだ。じわりと熱いものが爆ぜる感触に、反射的に下腹に力をこめ腰を上げる。
その姿勢がよりすべてを直江に曝すことになるのだとしても、まるで排泄行為のように中から流れ出すのを見られるのはたまらなかった。
亀のように蹲りながら腰だけを高く掲げている高耶の傍に寄り添って、直江は、愛しげにその背から腰にかけてを撫でさすっていた。
「外に零したくないの?案外な欲張りですね。下のお口で味わう酒というのはどんな感じですか?吸収の速さは胃の腑以上だ。 きっと極上の酔い心地でしょうね……ほら、もう酒精が回って身体中が薫っている。高耶さんも感じているでしょう?」
言葉にならなかった。
内部に浸透したアルコールは想像以上に激烈だった。
爛れるように熱い。鼓動のリズムとともにむず痒いようなもどかしさが湧き上がる。
内部からだけではない。触れられている肌からの微妙なタッチが二重の刺激になって高耶を惑わす。

獣のように浅く息を乱し始めた高耶を、凝と直江が見つめている。
火照るように顔が赤いのはアルコールや羞恥のせいばかりではない。確実に欲情もしているのだ。
もう彼は、長くはもたない。
秘めやかな満足とともに屈みこんで、涙の滲むその眦にくちづけた。
「さあ、高耶さん。一度身体を起して…。そのままでは辛いでしょう?全部出してしまいなさい。舐めとってあげるから」
「うう…う…ぅ……」
優しい誘いに、もう抗う気力は残っていなかった。
嗚咽を洩らしながら、直江に助けられるようして上体を起こす。
ヘッドレストに手をかけたとたん、天秤が傾くように、身体の中で溶けたものが一気に外へ溢れだした。
内壁からあわいを伝って内腿へ。
人肌のとろりとした液体が、敏感な皮膚の熱を奪いながらゆっくりと流れ落ちる。その感触にさえ感じてしまう。
そんな自分が浅ましくて恥かしくて情けなくて。
「…うぅ……あ…ああ…」
うめきながら小刻みに身を震わす高耶を、直江はうっとりと見つめる。
内腿に舌を這わせて囁いた。
「落花狼藉。酒の紅がまるで処女の証のようですね。とても綺麗だ。自分がとてつもなく鬼畜な真似をしているようで、興奮しますよ。あなたはどう?高耶さん。踏みにじられた温室育ちの蕾の気分は? でもあなたのここは嫌がってはいませんね。もうこんなに綻んでひくひくしてる…。何が欲しいの?言ってごらん」
「いやぁ……」
「言いたくない?まだ酔い足りない?ならもう少し食べてさせてあげましょうね」
三たび、冷たいかたまりが押しこまれた。
繊細なデコレートを施されている菓子の表面は滑らかな球面ではなく、微妙な凹凸を持っている。
アルコールのせいで充血し腫れあがって敏感になってしまった肉襞への刺激に、すでに勃ちあがっていた高耶の雄が堪えきれずに精液を吐き出す。
それでも脈打つような疼きはとまらない。
あっという間にチョコの皮膜は蕩けて流れ出していく。
洩れ出る二色の筋は、今度は肌を伝うことなく、待ち構えていた直江の舌にすくい取られる。
「――――――っ!」
突然、啜りあげる不躾な音が響いて、高耶の背がしなった。
窄まりに口をあて、溢れてくる中のものを直江が直接吸い上げたのだ。
内臓をまるごと引きずり出されるような異様な感覚に息が詰まった。
柔らかくぬめる熱い舌先がほんの少し差し入れられて、襞をこそげるように甘露を舐めとっていく。それは今までの性具の快楽とは比べ物にならないほど淫らな感触で。 初めて受ける舐啜の愛撫に惑乱はピークに達した。
肛門を男の舌で舐められている。
死んでしまいたいほど恥かしい。けれど狂いそうに気持ちがいい。
いや、自分はもうとっくにおかしくなっている。
だって、もっと、欲しいと思う。
疼くのはそこじゃない。気が狂いそうに欲しいのは、もっと別の―――

「なお…え…頼むから…もう…」
すすり泣きながら男の名を呼んだ。自分から強請るのはこれが初めてだった。

「よく言えましたね。かわいいひと……」
熱い体躯が被さってきて、耳殻を食まれる。
同時に猛った屹立に貫かれて、撃たれた獣のように、高耶が鳴いた。歓喜の声だった。

「あっ…あっ……いい…いいっ!」
揺すられながら、高耶が口走る。もう正気ではないのだろう。しがみつきながらうわごとのように繰り返す。
高耶の媚態に煽られて、直江の動きも激しさを増していく。濡れた淫猥な音を響かせながら、 それでも芳醇な香りを放っていた溢れ出る残滓は、いつか生々しい体液と交じり合い、高耶が完全に気を失った時には、鉄錆の香を漂わせていた。



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