花喰い
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身体を重ねる。生命を混ぜあう。
あの日、一線を越えた関係は、今までそうしていなかったのが不思議なほどに、ふたりの必然となった。
溺れる。互いの存在に。
酔って、縋って、そして墜ちていく。瞬間、どちらからともなく言霊が迸る。
もう離すな、と。二度と離さない、と。
長い墜落の最中、幻聴のように届くコトバは、だからこそ剥き出しの心そのものに思えて。
続く眠りをいっそう深くあまやかなものにした。


永劫が眷属。闇は揺籃。
朽ちることのない倦んだ身体を押し包む昏い水のような刻にどれほど浸っていたのか、もう、想いだすこともできないと、彼は静かに微笑う。
いったい何時から自分が『景虎』であったのか、『高耶』の時代もあったのか、それすらも定かでないと。
……でも、おまえに呼ばれるなら、『高耶』がいい。なんだか胸の奥がじんわりあったかくなる気がするから。
きっと日の光でぬくもるのはこんな感じなんだろうな。
だったら、おまえがオレの太陽だ。
だって、ほら、こんなにあったかくていい匂いがする。おまえの育てる花と一緒……
そう、問わず語りに呟いて頬をすり寄せてくる。
先ほどまでの高揚を微塵も感じさせない、安心しきった子どもみたいな仕種で。
だから、直江も慈しみをこめてその背を撫で下ろす。何度も何度も、眠りに誘うように緩やかに。

やがて高耶がくすりと笑った。
……それ、気持ちいい……。猫にでもなった気分……

そう言って目を閉じる。もっと続けろと言わんばかりに少しだけ身じろいで肩を丸めて、ふっと小さく息をついて、頭を胸元に押しつけて。まるで本当に寛げる場所を見つけた猫みたいに。
だから、直江は、飽くことなく彼の望む慰撫を繰り返した。

この人は―――、気の遠くなるような長い年月を過ごしながら、今までこんなふうに他人に触れられることはなかったのだろうか。

無心の反芻の中でふと浮かび上がる疑問。
そっと主を窺えば、薄く開いた唇には微笑の容が刻まれていて。
その静謐が、逆に直江をたまらない気分にさせた。
もとより彼は人智を超えた存在。人でしかない自分の、勝手な忖度などおこがましいと、理性が遠く何処かで囁いてはいても。
絶対無比の孤高の主は、周囲から崇められ、畏れられ、恭しく傅かれ続けて、でも、今自分が差し出しているような人肌の温もりを知らないでいたとしたら。
身体を繋げるだけでなく、自分の全てで彼を癒したいと、心から思った。


背中に感じる、規則正しいそよぎの感覚。
それはどこか懐かしい、水面に広がる波紋のようだと高耶は思う。

とろりと重い水を揺らし水底に沈む意識をひきあげた、花の芳香、馨しい気。変化の兆しをも運んできた一石、それがまだ幼い直江の気配だった。
彼がもたらす朧な薄明はとても心地よくて、少しだけ明度を増した水の中をまたゆらゆらと水母のようにたゆたって――――それが在る日、突然、叩き込まれた眩い光芒と雷鳴に、その安寧を引き裂かれた。
今にして思えば、賊の押し入った夜だったのだろう。
それまで慣れ親しんでいた優しい存在が爆発させた、おどろに渦巻く激情の数々。
憤怒。恐怖。悲嘆。懇願。
己の保身から発した感情ではない。すべてはこの自分を損なう予感に怯えた故の、制御の効かない大炎上だった。

景虎さまっっ!

無意識に彼は叫んでいた。命じていた。
奪われるなと。触れさせるなと。
他ならぬこの自分に向かって、彼以外の誰にも、指一本、許してはならないと。
痺れるほどに甘い、蠱毒にも似た剥き出しの独占欲。
そんなものを見せつけられては、応えないわけにいかなかった。
賊を屠ることで己が本性を曝し、結果、彼を失うことになっても。自身のことは何一つ鑑みない、この彼の渾身の魂の叫びの前では。

彼は去らなかった。
変わらず自分に仕えることを望んだ。
ならば、ともに生きよう。たとえ暫くの間でも。そう思った。
『花喰い』である自分はいつか彼を喰らう。本性に抗えずその精を搾りつくして生命の火を吹き消す日がやってくる―――予感めいた諦念は、しかし、再び裏切られた。
自分と激しく媾わってなお、彼は衰弱することなく瑞々しい青年のままだった。

背中に触れていた手がぱたりと落ちる。
限界を越えてなお愛撫を続けていた男が、ついに睡魔に呑まれたらしい。
高耶はふっと息を吐いて、今度は自分から男の背に腕をまわし緩やかに抱きしめる。

「おやすみ、直江……」

 今は高耶にも解っている。
彼は、死なない。何度精を交わらせても、彼が弱ることはない。
直江は確かに人間ではあるけれど、同時に、高耶にとって無二の存在、欠けた部分を補う稀有な半身なのだから。

 だから、今は少しだけ、二人して揺籃の水底に沈もう。静寂を湛えた昏くて深い眠りの底へ。
疲れを癒したおまえが再び目覚めて、オレに微笑みかけてくれるまで。




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以前のup分とシーンが切り張り。。。






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