横臥する子どもの上、とぐろを巻く蛇身が光に溶けていく。 入れ替わるように目に視えぬ式たちがあらわれて 先を争うように咲き初めた花を摘み取る中、関守の影が近づいた。 「なんと『気』だけで花を咲かせおったか。いやはや、人間とは見かけによらぬもの。 この細い身体のいったい何処にそんな力が隠れておったのか……」 頭巾から洩れる朗々とした口調は、絶対者のそれ。 奥庭の主である男神は、傀儡と化した関守の目を通して高見座から子どもを見下ろす。 初摘みまで生き延びる『贄』は稀。そして命永らえたことがさらなる責苦の始まり。 花の本質は変わらず、貪り尽くすのが性であれば。 苗床に繋がれ繰り返し精気と感情を搾り取られては、脆弱な人間の精神などひとたまりもない。 狂気は花に伝染し、結局は、無惨な最期を『贄』にもたらすこととなる。 今まで一人として例外はなかった。 この華奢な子どもはいつまでもつか。 生気の失せた貌をみつめる眼差しには憐れみの色が漂っていた。 そんな主の感情を察した花が不安げにさわさわと葉擦れの音をたてた。 子どもを後ろ手に隠すように葉茎を伸ばし、その姿を覆ってしまう。 一方で威嚇のごとく頭をもたげる花々に、男神は苦笑を禁じえない。 「なに、取り上げはせぬ。それはおまえたちのもの。私とて手出しが敵わぬのは知っていよう?」 それほどに血で結ばれた呪の契約は重い。 「それにしても、見事なものだ…」 勝ち誇ったように揺れる花に、おもねるように言葉を掛けた。 猫の喉元を撫で上げるように指を滑らせ、その首を折って、しみじみと見入る。 光に透ける鮮やかな赤。無垢ゆえに引き出せた、純粋な歓喜と惑乱の色。 そこから醸された酒はさぞや繊細で濃密な味わいを湛えるだろう。二度目がないのが惜しまれるほどに。 男神が手ずから手折ったその花をたちまちに式が運び去り、それが合図であったように神の気配もろともに収穫のざわめきが消えた。 我に返った関守も恬淡としてその場を立ち去る。 後には、死んだように眠る子どもと、手向けのような幾ばくかの花が残された。 ぼんやりとした目覚めが訪れても、見上げる世界は何ひとつ変わらなかった。 おかしいな?もう死んだはずなのに? 暗闇の中で紅蓮と白い閃光に彩られた最後の記憶。 とてつもない大波に翻弄されて、身体も意識もばらばらに千切れて暗黒の渦に飲み込まれて。 冥府の門を潜ったのだと、あの時確かにそう思ったのに。 鉛のように身体が重い。 のろりと視線を転じると、鮮やかな赤が目に飛び込んできた。 あの莟だと直感した。 花は仰のく子どもに寄り添うように傾いでくる。 触れるか触れないかの位置でそよぐ花弁に頬や額を撫でられて、こどもはくすぐったさに口元を綻ばせる。 まるで、花にあやされているみたいだと思う。今までの立場が逆転し、自分が花に見守られているよう。 何も恐いことはないから、もう一度おやすみと。 誘われるまま、微笑を残して花の心声に身を委ねた。 眠りに落ちた子どもを取り囲み、瘧のように花が震えた。幾度も、幾度も。 震えは光の波動となって子どもに吸い込まれていく。 消耗しきったその身体に、花は、搾り取って取り込んだはずの気を還流しているのだった。 揺籃の時期、溢れるほどに愛を注いでくれた、この優しい存在を失わないために。 歯車がまたひとつ、静かに軋む。 本能に逆らってまで、花は子どもを生かす道を選んだ。 共生という新たな絆を結んで、子どもは、『贄』から『花守』となり、 男神の危惧とはうらはらに、その後も花を咲かせ続けた。 官能の風味を増しながら繰り返し供される美酒とそれを造りだす『花守』の存在は、やがて密やかに流布するところとなる。 その評判は、奥庭にひとりの男神を呼び寄せた。 子どもの運命そのものを具現する神を。
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