数日後――― 三日前から所用で実家に戻っていた直江が意外なものを持ち帰った。 無造作にござに巻かれ紐で縛ってある、やけにかさばった細長い包み。 「なに?これ」 思わず問いかける高耶に直江が微笑む。 「あなたへのおみやげです」 着替えもそこそこにリビングに持ち込み、床の上でひろげて見せる。とたんにふわりと立ちのぼる芳香に高耶が息を呑んだ。 湿らせた新聞紙で幾重にも包まれていたのは、まだ切り口も瑞々しいハクモクレンの花だった。 一メートル近くはあるだろう見事な枝ぶりのものが十本近く。 「あちらではまだ開きかけだったので……。裏庭にあったのをすこし切ってもらいました。このあいだのあなたがあまりに嬉しそうだったから」 「おまッ…こんな……」 高耶はまだ絶句している。 「吃驚した?」 「こんなもったいないこと……植木の枝ごと切るなんて」 「別に丸刈りにしたわけじゃありません。樹勢に影響ない程度です。それに、どうせ剪定するわけですから、それを多少早めてもらっただけですよ」 しれっとして言い返す直江に高耶が頭を抱えた。 が、いつまでもそうしてばかりもいられない。とにかくなにか活けるものを…と、花瓶代わりになりそうな器を物色し始める。 花と一緒にその場に取り残された直江は、それを害する風でもなく不可思議な笑みを湛えていた。 結局、インテリアを兼ねて玄関にあった陶器の傘立てが臨時の花器となった。 もともと長さのある枝が投げ入れられて四方に広がり、さらに存在感のあるオブジェとなる。 テーブルとソファを隅に寄せて花のために充分な空間を確保したリビングは、そのせいで生活感のないまるで別の部屋の趣だった。 「まだお礼もきちんといってなかった。ありがとう……直江」 「いいえどういたしまして」 主灯を切りフロアスタンドだけにした間接照明の灯りが、ゆらゆらと水底を漂うような枝の影を天井に映す。 下方から照らされてまた違った表情を見せるその花を、高耶はラグに寝そべる格好で飽くことなく眺めている。 直江も少し離れて胡座をかき、二人の間には、床に直接置かれた盆に酒肴の仕度がしてあった。 風呂上り、寝むまでの一刻を、こうして一緒に寛いでいる。 陰影に縁どられた白い花が、美しいけれどどこか艶めかしく思えるのは、これから過ごす夜を連想してしまうからだろうか。 喉越しのいい酒を飲みながら、ふとそんなことを考える。 そして、こんな自分の気持ちも、きっと直江には見透かされている。 頬が火照るのを意識しながら、ちらりと視線を走らせる。案の定こちらを見つめる瞳と出くわした。 「なにか…思い出せた?」 なにげなく訊いてくる直江の言葉に高耶は意外そうに目を見開いた。 直江にしてみれば思惑を進めるための布石に過ぎない問いかけ。だが、高耶はもちろんそうとは知らない。 あの宵のそんな瑣末なことを気にかけていてくれたのかと、じわりと胸が熱くなる。 泣きだしたいくらいな感情を押し隠して、かぶりを振った。 「考えれば考えるほど、わけわかんなくなっちまう……。よっぽどチビの頃だったんだろうな」 「……そしてよっぽど楽しかったんでしょうね。嗅覚は記憶の中でも一番根源的な部分だから……」 話を引き取って伏目がちに呟く。 どこまでも寄り添おうとしてくれるその心情にもう我慢が出来なかった。 するすると近づいた。猫のように伸びながら、首筋に腕を巻きつけ、そっと唇に触れる。 「ありがとう、直江。花ももちろん嬉しかったけど、そうやってオレのこと思ってくれてるおまえの気持ちが一番嬉しい……」 「高耶さん……」 そのまましがみつく背中をなだめるように軽く叩く。予想外の展開にほくそえみながら。 ようやく顔を上げ、見合わせる瞳はとろりと潤んでいて、雄弁に高耶の思いを伝えてくる。 「……ここで…いい?」 耳朶を啄みながら囁いた。 その誘いに驚いたように視線が泳ぐ。だがそれ以上の抵抗はなく、直江はそのまま体重を預けてくる高耶を静かにラグの上に横たえる。 「頼むから……」 小さな声で訴えられてランプの灯りは消してやった。代わりのように窓辺によってカーテンを引き開ける。 下弦の月が昇りかけていた。 いったんは闇に呑まれた視界が徐々に暗さに慣れてくる。 薄闇に雪洞のように浮びあがる、白い木蓮の花たち。その下の黒い影。 頭のどこかで、罠の締まる音を聞いた気がした。 |