欠けた月が天空に輝いていた。 差し込む月の光に、床に置かれた花瓶の花はさらにあでやかにその白さを際立たせている。 更にその下方、毛皮の褥に横臥する人影もまた、花以上に輝いていた。 巧みな愛撫にのたうつ肢体。その身体はすでに体液に濡れていて、魚のように跳ねるたびに ぬめりを帯びた肌が白く光を反射する。 しなやかな肉体が織り成す陰影と光とのあざやかなコントラスト。 本来その影のもっとも色濃く在るべきはずの後庭は、大きく割り割かれて余すところなく月明りに照らし出されている。 絶え間なく響く淫猥な音。 増やされた指を飲み込んで押し広げられた入り口からは蜜が滴り、柘榴のように熟れた肉襞が見え隠れしていた。 「だいぶ、熱を持ってしまいましたね…このままでは辛いでしょう?ちょっと待っていて」 そう言いながら、直江がいったん身体を離す。 もう、閉じることも忘れたように脚を投げ出して、ただ高耶は束の間与えられた休息に荒く息をついていた。 いっそ失神してしまいたい。それほど疲弊しているのに脈打つ鼓動に連動するように疼きがやまない。身体がなだまらない。内側から食い荒らし、侵食してきた何かにのっとられでもしたようだ。どこまでも飢餓が消えない。 悲しいわけではないのに閉じた眦から勝手に涙が零れおちた。 ふわりと花の香りがした。 微かな空気のそよぎとともに、ひやりとしたものが頬を撫でる。 瞼をあげると木蓮を手にして直江がいた。 「かわいそうに……。そんなに辛かったの?」 「っ……」 口を開いたものの、声は嗄れてでてこない。 力なく首を振るだけの高耶の喉に直江は訳知り顔ではなびらを滑らせる。 「すこし休んで。喉を湿らせるといい。…こんな杯も風流だと思いませんか?」 高耶の目の前でことさらゆっくりとはなびらをむしると、優雅なカーブを描くそのくぼみに酒を注いだ。慎重な手つきで抱き上げた高耶の口元に寄せてやる。 「―――っ」 慣れない花杯の頼りなさに口の端から半分以上も伝い落ちる。それでも、かろうじて嚥下したのを確めて満足そうに微笑み、幾度か花弁を換えて繰り返した。 「花の移り香がするでしょう?昔はこうやって植物の精気を身体の中に取り込んだんです。もしもあなたに花精が宿ったら、さぞ美しい眺めでしょうね」 暗示をかけるように鳶色の瞳が覗き込む。 とたんに喉からみぞおちにかけて、呑まされた酒が火龍の道をつくった。疼きがますますひどくなる。 そんな高耶に直江は酒に濡れた花びらをかざしてみせる。 「ほら見て。高耶さん。このはなびらはまるで練り絹のようでしょう?しっとりと滑らかで肉厚でおもみがあって……ひんやりしてる。きっと熱を吸い取ってくれますよ。待っていて……今ラクにしてあげる」 水に落ちた犬のように高耶がぶるりと大きく震えた。 直江がそのシフォンのような花弁を高耶に埋め込んでいく。 充血し熱を孕んだ粘膜にひやりとしたすべらかな感触がしのびこむ。表面の酒精が沁みて、むず痒いような痛みが走る。 受けている仕打ちの恥ずかしさとそれを拒めない自らの浅ましさに耐え切れずに、ついに高耶が嗚咽を洩らし始めた。 虚ろに見開かれた瞳から、透明な雫が流れ出す。 かぼそくしゃくりあげるたびに、身体を伝う振動が埋め込まれた花弁をそよがせる。 花弁の揺れは、密着している内部の肉襞への絶妙の刺激に変換されるのだろう、投げ出されている四肢の、その指先がぴくりと震える。 その様子を、男は息を潜めて見つめている。高耶に変化が訪れるその一瞬を見逃すまいと。 割かれた脚の奥処、柔茎と叢の更に秘された窄まりに妖艶にひらく、あお白いふた成りの花。 いつか涙は止まっていた。 嗚咽はやるせない吐息に取って代わる。 いまだ満たされていない中心から蜜を滲ませ、花びらだけが微かに揺れていた。 淫靡で背徳的な情交の最後の仕上げをするために、直江は、その空洞の中心に己の蕊を埋め込んだ。 抽挿のたびにまつわりつく花びらはもう冷たくはなく内壁の熱と同化している。いつもとは違うなめらかな感触だけが植物的で、まるで高耶が本当に花精に変じたような錯覚に囚われる。 声のないままに、高耶が悶える。 虚ろな眼差しは相変わらず。だが、その奥に欲情の火を燻らせて。 その壮絶な色香が男の獣性を呼び起こす。 直江は高耶の太腿を抱え上げ、自らも膝立ちになると、一気に貫き通す勢いで高耶の花芯を穿ちだした。奥に隠れたその胚珠を我が物とするために。発情期の雄の勢いそのままに。 すでに高耶に自重を支える力は残っていない。不安定に持上げられ吊り下げられて揺すぶられる上体には、突き上げられるたびに床と擦れる鈍い衝撃が走る。 それにすら気づかないほど己の充足だけに没頭して、直江は高耶を苛み続ける。 無限とも思える狂宴の果てに、獣のように咆哮を上げて逐情を遂げた時、すでに高耶は気を飛ばしてしまっていた。 荒く息を吐きながら、己のものを引き抜く。 ぐったりと動かない身体から放った精と花弁の残骸が零れ落ちる。 もみくちゃにされ、千切れたその数枚の花びらは、落花狼藉の惨状を象徴するかのように薄紅に染まっていた。 |