次第に荒ぐ呼吸。紅潮する肌。縋るようにきつく背中に立てられる爪。 彼の熱もまた高まっているのだと知らせるサインに、直江も笑まずにはいられない。 相好崩したその顔を余裕綽々ととったのか、咎める目つきで高耶が見上げた。 もっとも、その目許は朱を刷いたように艶めいているし黒瞳は濡れてなまめかしく輝いているしで、ちっとも威嚇にはなっていないのだが。 それでもこれ以上彼の機嫌を損ねないうちにと、直江は先程まで弄っていたものを高耶に見せた。 「ね、高耶さん、これを見て……」 「……ん?」 それは、表面に精緻な象嵌を施された鶉の卵ほどの球体だった。掌の窪みに収まって珠同士が触れ合うたび微かな音色を響かせている金属製のそれは、 喉もとを飾る装身具のようでもあり凝った細工の鈴のようでもある。 「………?」 「緬鈴というそうです」 名称を明かされてもまだ不思議そうにしている彼が、愛しくてたまらなかった。 それでは、彼は知らないのだ。この珠の用途を。 色街で育ち直江の手によって磨かれながら、彼の無垢な性質はこんなふうに時々無造作に透けてみえて、直江の息を詰まらせる。 「実はこれもあなたへのお土産なんです。……使ってみてもいい?」 そこまで言われても、高耶は言葉の意味を解しかねているようだった。ぼんやりと直江の顔と掌とを見比べている。 ふいに、視線が固まった。 見る見る首筋に血の色が上り、俯いてしまう。 何を持ちかけたのか、ようやくに察してくれたらしかった。 けれど、恥ずかしがりやの彼が果たして許してくれるかどうか? 期待と不安の入り混じった、面映いような気持ちで、直江は高耶の次の反応を待った。 今まで彼との行為に性具を介在させたことはない。そんな刺激は不要だと思っていた。 彼には自分が、そして自分には彼がいればそれで世界は満たされていたから。 が、時間と距離によって彼と隔てられた今回は、少々勝手が違った。 彼以外欲しくない。そうは思っても現実にこの身には、日々熱が凝ってやるせなくて。 そんな時だったのだ。雑多な市場の中、雑多な古物を商う小さな舗でこの珠を見かけたのは。 掌で鳴る密やかな音、灯火の下淡く煌く沈金の色。そして浮き出る繊細な蔓草模様。 どことなく彼とイメージが重なる細工物から 目が離せず、その場で言い値のまま買い取った。 流儀から外れるのは知っていても、高耶を彷彿とさせるものの値を値切りたくはなかったのだ。 気難しそうな老店主が訥々と珠の由来を話してくれたのはその後だ。―――まるで何かの導きのように思えた。 でも、彼は、どう思うだろう? 俯いたまままだ視線をあわせられずにいる高耶の様子に不安が募ってきた。 直江にとっては半ば必然の流れだけれど、高耶にとってはそうではない。 突然いかがわしい玩具を持ち出されたことに屈辱を感じながら、こちらを慮って断りきれないのかもしれない。 だとしたら、無理しなくていい。強要するつもりはないのだから。 助け舟を出すつもりで出来るだけ穏やかに声を掛けた。 「……高耶さん?」 弾かれたように高耶が顔を上げる。そこにはやっぱり困惑と羞恥の色が現れていて。 ああやっぱりと、急いた挙句に彼の感情を害してしまったことを後悔した。 すみませんと。もう一度謝って、抱きしめて、そしてまた――― けれど伸ばした直江の腕をかわして、高耶は無言で距離を取り、背を向ける。 唖然と見つめる直江の前で身体を小さく丸めると、おもむろに脚を開き腰を高く差し出した。 これから為されることを承知で、恐れも不安も羞恥もすべてを飲み込んで、覚悟を決めた贄のように。 |