人気のない廊下に出ても、二人は黙りこくったままだった。 薬に翻弄されている高耶はもちろん喋れる状態ではなかったし、直江は直江で、高耶をひとりにしたことをひどく悔やんでいた。 たとえ彼の意に背くことになったとしても、傍を離れるべきではなかったのだ。 あやしげな飲み物さえ平然と供される この夜会の特別な趣向は厭というほどわきまえていたのに。 美々しく着飾ったこの人の艶姿に夢中になってただ舞い上がって。 自分が付いていれば大丈夫と高を括って、彼に詳しい事情を説明せず何の注意も与えなかった。 その結果がこのざまだ。 あの令嬢に他意のないのはすぐに解った。ただそんな温室育ちの少女がどうしてこんな不似合いな場にいるのかが不思議だった。 それとなく探りをかければ、此処に何度も出入りしている従兄に連れてきてもらったと言う。 嫌な予感がした。 遠目に高耶の姿を確認すれば、彼の傍にはぴたりと誰かが寄り添っている。 尋常ではないその様子に、非礼を詫びて踊りの輪を抜け出したのだ。 おかげで、かろうじて攫われるのだけは免れた、が、現実に高耶は得体のしれない薬を口にしてしまっている。 四肢の自由を奪うだけでなく、おそらくは催淫の成分をも含まれたものを。 未遂には終った。けれど、あの若い男が高耶をどうするつもりだったのか、すでにその妄想の中で彼をどのように扱っていたのか――― 考えるだけで憤怒に目が眩みそうだった。 滾る激情のせいで、つい抱き上げている腕に力がこもり過ぎたのかもしれない。 それまで人形のようにおとなしかった高耶が小さく身じろぐ。 「……高耶さん?」 瞬時に我に返った直江の呼びかけに、高耶は伏せていた面をあげた。 泣き出しそうに歪んだその表情に、息が止った。 潤んだ黒眸をひたりとあてて、高耶が訴える。 「……からだ…熱い……。助けて……」 むずかる幼子のように、胸に額を擦り付けて。 「……助けて、直江……」 上着を掴もうとした指が力なく布を滑った。虚しく空を切って握りしめられた拳が細かく震えている。 「……お願い……」 荒い呼吸の下、うわごとめいて紡がれる言葉。 正気の彼だったなら絶対に言わないような台詞を切れ切れに口にする。 こちらの理性まで粉微塵に砕くほどの色香を滲ませて。 きっと彼の体の内部では、もう制御しようのない熱塊が渦巻いて彼を苛んでいる。 癒す方法はたったひとつ。 「……屋敷に戻るまで。もう少しだけ我慢してください」 抱え直した高耶の耳元に熱く囁くと、直江は思いつめた顔で一気に歩みを速めた。 |