屋敷まで半刻ばかりの道程が、とてつもなく長かった。 柔らかなクッション張りの豪奢な内装をもつ馬車ではあっても、全速での疾駆を命じれば多少の揺れは避けられない。 そのわずかな振動さえ、昂められた身体と神経には耐え難い刺激になるのだろう、 しきりに身を捩り切なく喘ぐ高耶のことを、直江は息を殺して、ただ抱きしめていた。 本音を言えばすぐにでも肌に触れ彼の熱を散らしてやりたい。 けれど、幾重にも重ねられた衣はまるでしなやかな鎧のように彼の身体を覆っていて、 無理に慰撫の手を忍ばせればきっちりと為されたその着付けを乱さずにはおかず、結果、 無惨に着崩れたしどけない姿の高耶を出迎えの使用人たちの眼に曝す仕儀となる。 元来が潔癖で晩生な彼のこと、 そんなあられもない格好を他人に見られたと知ったら後でどれほど煩悶するかは容易に想像がついたから、なおさら 直江は自重せねばならなかった。 せめてもの慰めにとキスを落す。 羽のように軽く触れるだけのそれを、額やこめかみに、何度も、何度も。 「…ふ……」 ぶるりと身を震わせて、高耶が喉を反らせた。 仰のいて露わになった貌の、半眼に細めた瞳が直江を見上げる。 なぜもっと深くくれないのか、躊躇う男を詰るみたいに。 「なお……」 紅を差した口唇が焦れたように名を紡ぐ、その艶めかしさに魅入られる。 己が自制があっさり吹き飛んでしまいそうな無自覚の誘いに苦笑しながら、開いたままの唇をそっと指で押えた。 「屋敷に戻るまでって、言ったでしょう?もう我慢がききませんか?」 やんわりと嗜めただけのつもりだったのに、揶揄の色をも嗅ぎ取ったのだろうか、高耶の眉がわずかに歪みじわりと眸が潤んだ。 いかにも彼らしい反応に、虚を衝かれる思いがした。 薬を盛られてこんな状態になっても、まだ彼の中では手放しきれない矜持があって、ぎりぎりのところで欲望と鬩ぎあっている。 思えば出逢った最初から。 たとえようもなく強くて美しい人なのだ。 失言を詫びるように、ゆっくりとその唇をなぞった。 思わせぶりな感触に、やがて彼の愁眉が解けるまで。 そっと指先を含ませる。 「…ん」 少しも嫌がるそぶりは見せず、逆にぺろりと舐めてくるのが愛しくもあり、痛ましくもあった。 「まだ直には触ってあげられないけど……。思い出して。いつも私はこんなふうにあなたの内部に挿入っていくでしょう?」 揃えた二本の指を彼の口唇に割り入れる。そのまま、そろそろと抜き差しを繰り返した。 彼は不問に付してくれても。 仕込まれた行為の数々をたぶん身体は憶えているから。 口腔を犯される刺激は、きっと受け入れる悦楽と連動しているはず。 そして、直江の読みは間違ってはいなかった。 「んんっ……んっ!……」 次第に高耶の頬が紅潮し、息があがる。 呑み切れない唾液と忙しなく出入りする長い指が濡れた音をたてて、耳から彼の性感を煽っていく。 抱きかかえた腰が前後に揺れるのは、絶頂の近い兆しだろうか。 頃合を計って、直江は、絹地ごし彼の下腹を強く圧した。 「――――っ!」 不自由な口から言葉にならない叫びが洩れ出て、背中が撓った。 鼓動のリズムで痙攣していた身体が、やがて弛緩して腕の中に沈みこむ。 直江も咥えさせていた指をゆっくりと引き抜いて、大きく肩を上下させる高耶にいたわりのキスを落とした。 束の間の、凪いだ時間が訪れる。 願わくは次の耐え難い波が来る前に屋敷にたどり着けることを、切に直江は念じていた。 |