凛然として侵しがたい気品さえ漂わせていたふたりを見送ってからたった数刻、
血相を変えた主と、その主に抱きかかえられて帰館した高耶の姿に、
生島をはじめ居合わせた者は、皆、声を失った。 そんな彼らに頓着せず、淡々と人払いだけを命じて直江は寝室に向う。 脚を支える片腕を外し高耶を寝台に下ろすと、膝立ちにさせたその身体を両腕で抱きしめた。 「……解りますか。高耶さん。着きましたよ?今、帯を解きますから。すこしだけ踏ん張っていて」 上臈装束のままでは背中に高々と結ばれた飾り帯が邪魔で寝かせることもできないのだ。 朦朧として胸にもたれる高耶に囁いて、打ち掛けを剥ぎ、帯を緩めに掛る。 着付けるときは数人がかりでの固い複雑な結び目も解くとなれば造作もない。 後ろ手に探るうちに、きつく身体を締め付けていた帯地は、とぐろを巻いた蛇のごとくにどさりと落ちた。 同時に、呼吸が楽になったのだろう、高耶が大きく胸を波打たせる。 「……あぁ……」 それが生理的なものだと承知してはいても、洩れでた吐息は、誘うように艶っぽかった。 そっと彼を横たえる。 馴染んだ褥の感触に気づいたか、高耶が茫洋と視線を彷徨わせた。 上着を脱ぎ捨てタイを引き抜いた男を認めて、まだ自由にならない腕を差し伸ばす。 「なおえ……」 どこか不安を残した声と仕草に、今度こそ直江が微笑みかける。そして、ゆっくりと高耶に覆い被さっていった。 高耶の求めは性急で、際限がなかった。 身体を繋げていても、まだ足りないとばかりにしがみついてくる。 いい、と。 もっと、と。 あられもない声をあげ、自ら腰を揺らめかせて。 妖艶でありながら、その必死な様はどこか寄る辺ない子どものようで。 縋る彼を宥めながら少しずつ、その身に纏う衣を剥ぎ取った。 彼の望み通りにするために。 襟元を寛げ、両袖を抜き、細紐を解いて。 露わになった喉から胸元にかけて舌を這わせる。 若鮎のように肢体が跳ねて、彼が達した。 その甘美な締め付けに直江も堪えることなく高耶の内部へと精を放つ。それすらも、きっと彼の望みに思えたから。 そうして体を入れ替えながらいったい幾度交わったのか。 最後の逐情ともに、とうに限界を超えていた身体が力をなくした。 完全に意識を飛ばしてしまった彼から身を起こし、直江は改めて横たわる高耶を見つめる。 髻が崩れて散らばる長い黒髪。 数えきれないほどの口づけで紅の薄れた唇と、涙の筋を残して閉ざされた瞼。 先程までの美姫の面差しを確かに残しながら、そのしなやかな肢体はまぎれもなく青年のもの。 ぐったりと投げ出された身体の下の、くしゃくしゃになった羽二重や数本の細紐。 下腹に飛び散る彼の白濁。濡れて黒々と光る和毛。さらにその奥、じわりと滲んで臀裂を伝うのはおそらく自分の――― 生々しい情交の痕を、舐めるようにして見つめていた視線が、ふと、止まった。 すんなりと伸びた彼の脚のさらに先。 脱がせそびれた白い足袋が、彼の足先を慎ましげに隠している。 全裸でいるよりよほど淫靡であやうい眺めに、思わず直江は息を呑む。 下僕のように彼の足元に跪いて、こはぜを外し踵を折り、そっとつま先から抜き取った。 形のよい指と綺麗に磨かれた爪が現れた。 気づく者など皆無だろうに、ちゃんと手の爪と同じ淡い薄紅色に染められている。 彼を飾り立てた付き人たちの熱心さに苦笑しながら、桜貝に唇を寄せる自然さでその爪先を口に含んだ。 ぴく、と、指が蠢く。 が、高耶が目覚める様子はなく、そんな彼を直江は恭しく抱き上げ浴室へと運んだのだった。 |